2006年10月28日 (土)

介護に必要な理念

久しぶりのブログです。

この度、私はケアマネージャー試験を受けるべく、約二ヶ月近く猛勉強を致しました。。。

傍から見ると、

そんなにしてない…去年よりやる気が感じられない…(お嫁さんいわく)

らしいですが、私なりに真剣に取り組みました。

日々の仕事の苦しみや悲しみを胸に秘め、試験に受かるべく頑張ったつもりであります。。。思えば、長い月日で御座いました。

仕事から帰れば、身も心もボロボロ。それでも、鞭打ち勉強に励むオイラ。なんとなげかわしいことか…。おりしも、今年は介護保険の法改正。制度がまるっきり変わってしまい、現場が大混乱するほどです。試験内容だって、難しくなります。

あぁ、分からないことだらけ、、、

もう嫌だ。。。

何度、挫けそうになったことか。

くそったれ!!

何度、自分の境遇を呪った事か。

それはそれはツラーイ日々でした。。。

しかも、試験の三日前に風邪を引く始末。もはや、事態は絶望的です。最後の追い込みの時間を、風邪との格闘に費やし、、、試験を迎えました。

もはや、結果は神のみぞ知る。。。

結果よりも、晴れて開放されたのが何よりも嬉しくて、今を迎えております。


日本は最早、世界でも有数の高齢化の社会である。周りを見渡せば、老人、老人、老人。

そして、これからも老人は増え続ける。

老人が入所する施設に限れば、50人、100人が入っている所がざらだ。最近では、小規模化なるものが叫ばれてはいるが、それはまだ極僅か。。。

そこに働く職員は、、、

法律では、三人に1人の人員配置となってはいるが、実際は夜勤や当直、休み等を勘案すると、老人100人に対し職員は多くても12人前後。職員1人に対して、老人10人を見ると言う想像を絶する世界、、、と言う訳だ。

手を休める暇も無く、足を止めるヒマも無く、職員は走り続ける。

西側の廊下の一番端の部屋でオムツを換えていると、東側の一番端の部屋からコールが鳴る。その部屋に行く途中の食堂でお年寄りに用事を頼まれ、家に帰りたいと叫ぶ老人の対応をしなければならず、誕生日会等の行事の企画や準備もしなければならず、場合によっては職員の詰め所の掃除などの、老人に関する事以外の雑用業務だって待っている。

それを規定の時間内で終わらせなければならない。

家では、愛する夫や愛しい子供が待っていて、早く帰らなければ………

介護に携わる職員はいつも何かに追われイラついている。

そして、行き着く先は、、、



人間は弱い生き物だ。

自分が追い詰められればその矛先は、自分より弱い者へと移って行く。

介護の場合は、その弱い者が目の前にいるのだ。

腰が曲がり満足に立てないお婆ちゃん。何らかの病気で患った、マヒを持つお爺さん。ここが何処だか分からない恍惚とした老人。

介護職員の悲鳴は、目の前の老人へ怒りとなって飛んで行く。

「ちょっと待って」 「またコール」 「もう」

「そこに座ってて」 「歩いたらダメ」 「何で今頃トイレに行くの」

「もう知らない」 「何度も呼ばないで」 「私の言う事を聞きなさい」

老人は、罪も無いのに叱られ追い詰められ、生きる希望を失っていく。

年を取るのがそんなに悪いのか。。。情けない。ポックリ逝きたい…

介護の世界は過酷だ。

自分自身を崩壊させる。そして、その事に気付かないまま過ぎて行く。

効率的に、合理的に、

介護の世界は必然的にそうなった、、、

より効率的に仕事をこなして行く為に、時間を決めた。

トイレに連れて行く時間。この時間に連れて行けば、おしっこがうんこが出ようが関係ない。だから、この時間以外のトイレは認められず、トイレに行きたいと言う年寄りは、「何でさっき行かないの!!」と怒鳴られる。。。

オムツを換える時間を作った。だから、ご飯の時に出ていようが関係ない。臭いがするのに平気で食堂に連れて行かれる。気持ち悪くてしょうがないから、ご飯を食べないがそれを言葉に表せない老人は、むりやり口に食事を詰め込まれ、挙句の果ては食べないからと、チューブを鼻から入れられてしまった。

風呂に入る時間。1人7分と決められている。物体を洗う作業場と化した浴室は、最早風呂とは言えない。入りたくなかろうが、ゆっくり入りたかろうが関係ない。

食事をする時間を作った。飲み込みの悪い人の嚥下を待っていたら。ぼさっとしてないで下善しろとどやされた。その人は、食べないから後からしろ。。。ご飯は冷たく冷めてしまった・・・

お婆ちゃんの訴えを聞く為に、立ち止まって聞いて居たら。痴呆があるからいちいち聞いててもキリがない。それより詰め所の掃除をしろと叱られた。

etc・・・

置き去りにされる老人。



人の援助をすると言うことは時間を見て動く事なのか。

決められた業務ばかりをすることなのか。

尊厳を持って働きなさい。

施設長もリーダーもそう言う。

老人の世話を業務と言う形にして、それが組織と言うものと、したり顔している連中!!

それが尊厳か?!

それが介護か?!

いつの間にか、職員の顔色ばかりを気にする職員が増えた。

他の職員の粗探しをする職員ばかり。

自分が、時間どうり動けなく、他の職員から叱られたり、白い目で見られたりするのは、お年寄りのせいだと思う、職員ばかり。。。

何故こんな事になったのか。誰が悪いのか?

=それを整備しない連中だ=

本当か?それのせいにしていいのか?だから置き去りにするのか?

自分自身をタナに上げて・・・

ホンとの問題は介護に従事する者達にあるんじゃないのか?

今までの介護は何かのせい誰かのせいにして、目の前の老人から逃げていたんじゃないのか?

自分自身を守りたいが為に。

自分自身の仕事ぶりを省みる事をせず。

誰かが変えると、思ってきたんじゃないか?!

もしそうなら。

介護の専門職なんていらない!!

専門の施設もいらない!!

介護が専門職であるために必要な事を考えなくちゃ!!

苦しみを抱える老人とその家族を援助するのだ。

法律が整備され、人手が足りてれば全てが上手く行く訳がない。

量でも形でもない、それ以上の何かが必要だ!!

そして、それは待っていても現れない。

自分達の手で作り出し育んでいかなきゃならない。。。

お年寄りが置き去りにされない為に。。。

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2006年9月14日 (木)

くたばれ!! 介護保険!!

暑い日々が過ぎ、過ごしやすくなってきた。夏場は、暑くて何をするのも面倒だった。もともと面倒臭がりなのに、それに輪をかけてだから・・・

試験勉強をしようにも、暑く暑くてその気になりませんよ。と、暑い夏を言い訳にしてみたり。。。

今年もケアマネに挑戦です。

昨年は、初めて受けて見事におちまして。。。

今年こそはと、意気込んではみたものの。。。

暑いので、、、

しかし、ケアマネってのは必要なんだろうか?

僕の知ってる限りでは、ほとんど現場に顔を出してる気配はないし。。。誰がケアマネなのか?と思う始末。

まぁ、介護が必要な方のお家に出向いて行く仕事なので、施設で働いている僕と縁のある職業ではないよな・・・

しかし、その施設にほとんどいなくて、毎日の施設生活のほとんどを知りもしないこのケアマネが何故か、カンファレンスなんかの時にはいたりして、意見を言うのには驚いたりする。。。

こっちは、何とか利用者との関係を結ばなければならんのに、それを飛び越えての発言が出た日にゃあ、やってられませんな、、、

普段のお年寄りの行動や、言動、表情、etc...を観察し、時には直接質問したりして、今、恐らくこの方に必要なアプローチはこれだろうと考え、提案してみても、いやいやこの方はこう言う方でこのやり方よりも、こうの方がいい。

なんて、あっさりと言われてしまう。

もちろん、その意見がその利用者にあってるんであれば、俺だってそれの方がいいさね。なんも文句もなく、逆にその提案ができる人を尊敬するさね。

けど、あまりにも短絡的で画一的。子供だまし的な発想。それで、目の前のお年寄りの目が輝くのか?と疑問に思ってしまう。

でもね、この方は今こう言う状態で、こうなんです。だからこうやってみて、この状態を改善してみたいんです。毎日が楽しくなるように。。。

でもね、この方はこう言う人だから、それよりもこっちの方があってる。

はぁ・・・

介護職ってのは、ある意味凄いと思うのは、そう言う自分とは違う意見を上手く受け入れれる所だ。

よし、じゃあこれとこれをこう言う風に組み合わせてって。。。また別の物を作り上げていく。

釈然としないが、それでも目の前の老人の目を輝かせる為に、あらやる方法を探りだし、結び付けていく。それが介護の醍醐味だったりするし。。。

しかし、ケアマネってのはそれ程必要とされてるんか?

いまいち、良く分からん。。。

特に、施設にはいらんのやないんか?

居て何をするんやろうか?

在宅との連絡調整?ソーシャルがするやろ?

ケアプランの作成?

それは、今、ケアマネやない俺もやりよる。。。

ほんなら、ケアマネは何をするんや?

オムツ換えたり、トイレ誘導したり?まさか、机にふんぞり返ってコーヒーばかりってのはないよな。。。

それなら、ケアマネの資格いらんよ。他の職員と同じなわけじゃん?施設にケアマネって必要なのだろうか。。。

あまりメリットが見つからないが、何故かケアマネは、重宝される。ケアマネってだけで、ありがたがられる。

たいしたもんだよ蛙のションベン。見上げたもんだよヤネ屋のふんどし。

そんなんで、今年もケアマネの受かるべく試験勉強をしているが、、、

今年は何と法律の改正があったもんだから、去年と同じ所があれば違ってたりで、まぁ、難しい。。。

この当たり所のない怒りはどこにぶつけるか。。。

くたばれ介護保険制度!!

2006年8月16日 (水)

怒り収まらず。。。

とにかく、衝撃的な事件が起きてから、腹の虫がおさまらない。。。

何が腹立つかって、昨日のブログに書いたが、人間は弱いものだから、とかそう言うことを述べて、自己防衛してる連中が居たりする事に腹が立つ。

なんだそれ?

何を期待して介護の仕事に就いたんだ?

楽そうに見えたかね。

実際、働いたら、ありえねぇーから、人間的余裕を無くしてしまったかね。

あげく人間だもの、、、

冗談は止めてくれ。

誰かのせいになんてするんじゃねー!!

自分が変われよ。

おかしいと思うことがあったらなら、変えようとしろよ。

人員、少ねーさ。

給料だってなけなし。

そんなのも、理由だってのかよ、、、

だったら、人が多くて楽できる所で働けっつーの。

お金もっとくれる所で働けよ。

今は、その現状でどうするかって話だろ?

あれが悪い、これが悪い、誰が悪い、

自分は悪くねーのか?!

俺が知ってる志のある、向上心もあり、尊敬のできる介護人達は、そう言う、苦しみといつも戦ってる。人間だからって言う、どーしょうもできねぇ自分の弱さと戦いながら、それでも、なお、なんとかしようと、戦ってる。

そんな人は特別か?

そんな人達だけしかできねーのか?

馬鹿言ってんじゃねぇー。

自分もそういう風になりてぇって、何で思わないんだよ?

確かに、出来る事って限られてるかもしれねぇ、

拳を振り上げるのだって一苦労だよ。でも、そんなもん、理由になんねぇ。

他人がどうだとか、関係ねぇ。

目の前に誰がいるんだよ。

ジーちゃんやバーちゃんじゃねーのか?

今、自分に助けを求めてるのは、すぐ目の前にいるお年寄りのはずだぜ?!

それなのに、知らん振りなんてできるのかよ?

介護の世界はおかしい!!

狂ってる。

それでも、こんな世界にいながらも、お年寄りは、「ありがたや」って、言ってくれる。

2006年8月15日 (火)

偽善的で、綺麗ごと、、、

人のお世話をすると言うことは、非常にキツイ。

世のため人のために貢献できる仕事。やりがいあって素敵だ。

実際、足を踏み入れたら、、、

とんでもない、正直、いい顔なんてできない。。。。

もういい。みんな、そうだから。

私はキリスト様じゃないよ。

仏様でもない。

ナイチンゲールでもない。

そんなにできるかってーの。。。。

トップが教えてくれないもの。先輩だって、やりたいほーだい、やってるじゃない。どーせ、施設長だって煙たがってるんだから、、、だいたい、しっかり教育しないから、こんな事思うし、やってらんないって思うんだもの。

家族だって、自分が見れないから他人に押し付けちゃってるんだし、家族ができない事を私達ができるかってーの、、、家族の変わりに私達が面倒みてるんだから、大目に見てもらわないと割りに合わないんだから。。。

ほんと、よくやるよ。

優しくないとできないね。私は、あんなに優しくないから、できないよ。当たり前じゃん人間だもの。

きつい事は嫌じゃん。報われないし。私が頑張った所で、世間が良くなるわけじゃないし。。。人間が人間の世話するんだもの、できない所があって当然。むかつくし。腹だって立つんだから、それが人間ってものでしょ。

て言うか、みんなホントに誰かのため?とか思ってやってんの?

思わないって、だって自分のためじゃないんだよ、出来る人が信じられねー。。。偽善だね、きっと。偉いよ。ご苦労さんだよ。

はぁ、また、あのじーさん、あんなとこでションベンしてるよ。

またぁ、、、何回コール鳴らしたら気が済むんだろか?

しょがないね、私がしなくちゃならないんでしょ、、、


夜勤。

お盆外泊があって、施設はなんだかひっそり。夕食後いつもの、風船バレーの面子が足りない。。。しずかな、寂しい夕食後。。。

家に帰った人は、今頃どんな生活をしているのだろう?束の間ではあるが、自分の家族と過ごせる時間は、有意義に使えただろうか?愛しいご主人に会えただろうか?会いたかった奥さんに会えただろうか?

その反面、何らかの事情で家に帰れない方だっている。その人達の心情を想うと、胸が痛い。もちろん家族の想いさえも、、、

そして黄昏ている暇もない。



今日は、嫌いな夜勤。いくら、施設内にお年寄りが少なくても、油断はできないのだ。

夕食後、一段落した時だった。

「Mさん」の部屋からコール。東側の一番奥の部屋の方だ。詰め所から最も遠い部屋。。。

最近、この方は、良くコールを鳴らす。対応の為、部屋に行くと

「あ、マー課長」

、、、かちょう?、、、なんだそれ???

「課長、私は、ここにいますから。お願いします。」

「どうぞ、どうぞ」と僕。そして、部屋を後にする。

そして、

再び「Mさん」の部屋よりコール。

「私はここに居ていいんですよね、課長?」

、、、「居ていいですよ。どーしたんですか?何か心配事でも?」と僕

「いえ、私の部屋だからここにいてもいいかどうか知りたいんです」

「Mさん、安心してごゆっくりしてください。車椅子だとキツイかもしれんから、ベッドに横にでもなりませんか?」と僕。

「いや、まだ早いから、このままでいいです。ほんなら、マー課長、たのんます」

食後、車椅子を自走し、自分の部屋に帰った後、数分おきにコールを押す事が多くなった「Mさん」 今日もそうだった。部屋に帰った後、1人ではベッドに上がれない為、援助を必要としているのかと思ったがそうではないようだし、トイレに行きたいと言う訳でもなかった。どーしたいのか、さっぱり見当がつかない、、、困ったなぁ。どうすべ?と考えていると、詰め所の前に設置されたソファーに「Gさん」が腰掛けている。認知症の方で帰宅願望が強い。すでに、「帰りたい」と言い始めている。

さて、どうすべ?

「おにいちゃん」

と「Gさん」   「あたしゃ帰りたいんじゃけど・・・」

「え、、、あー、しまったGさん、、、ほんっとにごめん。今日は、ここに泊まってくれと、家の人に言われておったのを、伝えるの忘れとった、、、」

「そりゃ困る。家に連絡しておくれ。帰るけん」

う、、、さすが年の功。こんな子供だましな方法では通用せんか、、、

「そうやなぁ、家に連絡しょう。えーっと息子さんの名前は、N夫さんやったけ?」

「そうそう。よーく知っちょるねぇ。塾の先生をしよるんよ」

「へー、そうかい。その塾の先生に連絡しよう。やけど、すぐ来るかな?」

「そーやなぁ、日も落ちたし、N夫も忙しいから来れんじゃろーなぁ、おにいちゃんどうしょっか」

「ここに泊まったらどうね?明日、電話してみればいいし。」

「あー、ありがたい。そうしょう。しかし、あんた、良くN夫を知ってたねぇ。塾の先生をしてるんよ。だからN夫に電話してくれんやろか?」

・・・・

しばらく同じ事の繰り返し・・・

何とかかんとか話を反らし、お部屋で添い寝をしながら話をしていると、スースーと寝息を立て始めた。。。

そうこうしていると、おむつ交換の時間。それが終わって一息つこうと思ったら、「Mさん」の部屋よりコールが、、、

「眠りたいんですが」

ベッドに移乗し就床。そして、部屋を後にするとすぐに「Mさん」よりコール。

「課長、寝ます。」

・・・・

「ごゆっくり。。。」

その後も、「Mさん」のコールが鳴る。

「電気をもう少し暗くしてください」「電気をもう少し明るくしてください」「電気を消してください」「課長、ねます」「暑いから毛布を着せないで下さい」「寒いので、お願いします」「あついなぁ」「課長、ねますから」

、、、

その都度、対応。寝苦しいからなのかと思い、体位を変えてみたり、トイレの声かけをしてみたり、ギャッジアップしたりギャッジダウンしたり、下敷きで仰いでみたり、、、

「もういいです。課長。寝ます」

それから「Mさん」のコールは止んだ。。。けど、しっくりこねぇ、何が原因だ?何か足りないなぁと、消化不良。。

と、忘れていた。「N助さん」をトイレ誘導しなきゃ。

「N助さん」の部屋にいくと、

「おうっ!!」と威勢のいい挨拶。見るとベッドの上に胡坐をかいて座っている。ちょっぴり嫌な予感。。。トイレの声かけをし誘導しようとすると、ベッドの上が濡れている。しかも、本人は、下半身を霰のない姿に・・・

むぐううう

もう少し早く来れば、、、

「今晩はあれじゃあな+‘*F@?Wg」

何を言っているかわからんし。。。良く見ると、ベッド柵がはめられて、降りれないようにしてるし、、、

くそ。柵をしてたらトイレに行けれんやねーか!!

「N助さん」をトイレに連れて行った後、しっかりと柵を外した俺。。。(全く、何で柵なんか!!

それから暫く、しーんと静まり返った時間となる。時計の音がやけに大きく聞こえる。

そして、二回目のおむつ交換。一人、三人と変えて行く途中、じょろじょろじょろーと、何かを流す音が、、、

お部屋の片隅に「Y子さん」が、、、

見ると、洗濯物を入れるバケツの中に、お小水を。。。便所が分からんかったな、すまねぇ、、、もっと早くトイレの声かけをしに来ればよかった、、、ゴメン・・・

そんなハプニングと遭遇し「Aさん」のオムツを換えようとした時、トイレに行きたいと「Aさん」

マジかよ。オイラがここの老健に勤め始めて、初めて聞いたよその言葉!!嬉しいねぇ。よし、トイレに行くぞい!!

。。。

ポータブルトイレが、現在他の利用者さんが使用中で、余りがねぇし、、、

なんだよー。。。トイレ行けねーのかよ、、、

「いいよ、オムツにするから、、」

お年寄りに気を遣われるし、、、

「そっか、じゃオムツで、、、」

馬鹿ヤロー、諦めてんじゃねー!!

と後ろ頭の方から声が。。。

何言ってんだ、オムツでいいんだよ!!

同じく声が、、、、

(うるせー、、、今考え中じゃ。いらんことしゃしゃり出てくんな、俺!!)

「Aさん、トイレに行こう」

やってやるよ。トイレに行きたいって、初めて言ってくれたんだぜ、その想いは無駄にできねーよ。何とかかんとかトイレに連れて行けた、ちょっと手間どった。トランスとトイレ誘導の仕方を再勉強しなきゃ。。。

で、「Mさん」からコール・・・

「またかよ、、、」 でも、コールは無視できねぇ。またかもしれねぇ、でも、嫌になっちゃいけねぇ、コールを押すと言う事は、助けを必要としてる証だ。たかがコールかもしれねぇ、でも、そのコールに必死の思いを掛けてるお年寄りがいるんだ。めんどくせぇかもしれねぇ、何でもない用事かもしれねぇ、そこまでしなくてもいいかもしれねぇ、でも、それを言ってしまったら、介護者なんて必要ねぇ。

「課長、起きます」

「まだ、夜中だよ。。。いいの?」

「夜中ですか、、、でも、起きます。」

そうか、、、

起きたい理由が分からない。その理由が分からないから、起きたらいけんのか?そんな馬鹿なことはないよな、、、起きたいんだから、、、

「Mさん」を起こす。トイレに誘導すると、おしっこが出た。トイレに行きたかったからかな?

でも、その後も「Mさん」は、眠らずに起きたままだった、、、しばらく詰め所にて対応。お茶を差し出すが、あまり飲まなかった。

そうだ「N助さん」の所に行かなきゃ。。。どうやら、放尿されずに済んだ。排尿パターンがなかなか掴めない。こんど、一晩中、部屋の前で観察してみるか?でも、お年寄りは「N助さん」だけやないし、、、そんな理由で、「N助さん」の放尿を改善する策を見つけれないのは、悔しい。。。

あ、、夜が明けてきた。綺麗な朝焼け。何か忙しかったなぁ。。。。



とまぁ。介護の世界は過酷です。時に、倫理観ですら失いかけます。しょうがねよなって、なっちやうもんです。人間ですもの。限界がある。できる方がおかしいし、それをやろうって言う方は何だか綺麗事じゃないですか?偽善ですよ。

だって、苦しいし、楽したいんだもの。にんげんだからね、、、それが、、、



ふざけんじゃねー!!

なんだよそれ。。。

人間だからって、、、

じゃあ誰がするんだよ。家族は、老人は、諦めろってのかよ、、、それなりの事さえできてたら、満足してろってか?満足いかねぇから、頼るんじゃねのか?何とかして欲しいから、助けを求めるんじゃねーのか?

俺は納得がいかねぇ。

確かに聖人君主じゃねーさ、血の通った人間さ。怒りもあれば弱みだってあるよ、できないことだってそりゃ数え切れないぐらいある、もういいよって思うよ。ここまでだって決め付けたくなるよ、でもやらなきゃ!!

僕達介護職員がしなきゃならんのだろ?

地獄の世界なんだよ、介護ってのは。その世界の人々が、救いを待ってる。それを人間だからって理由で、できないのかよ?だったら、こんな世界なんていらねぇ!!専門家だっていらないじゃねーか!!収容所みたいな所に入って、生きる希望もへったくれもない世界になってしまえばいい。

俺は嫌だ!!

そんなのおかしい。

確かに、キツイよ。綺麗事ばかりじゃ済まされないよ。でも、だからってそれを人間だからできないし、出来ないのが当たり前だって言ってる方こそ偽善的で、綺麗事だ!!

都合良いいよそんなの!!

そんな風に思うなら、何故、この世界を選んだんだ?

他にも、仕事はあるだろ?

人間だからとか、簡単に簡単に言うんじゃねぇ!!

2006年8月11日 (金)

綺麗な事を歌う前に

高齢化が叫ばれて久しい。そして百歳も珍しくなくなった今、、、超高齢化が目の前に近づいてきている。。。

そして、その現象に比例するかに様にして、その高齢化を支えるシステムができ、一つの産業として成り立ち始める。。。

介護産業。。。

それに携わる人間も増えたと言う事だ。

なのに、苦しむ人間は以前として減らないのは何故だ?介護と言う誰もが直面する緊急の事態にそなえ国は整備したのじゃないのか?それを見込んで色々と策を練ったのではないのか?

なのに、家族は、老人は、いつ終わると知らない地獄の苦しみの中でのた打ち回っている。

大げさに聞こえるだろうか?

想像して欲しい。

今、自分が何らかの不測の事態で、満足に歩けなくなったとしたら…

そんな風になる訳ないと、胸を張って言えれるか?

介護に直面する家族や本人も、自分が介護が必要になる状態になる訳ないと、思っていたはずだ、、、

どうする?自分が介護を受けなければならなくなった、、、トイレに行きたい。でも、歩けない。。。オムツにしますか?

誰にオムツを換えてもらいますか?

彼氏?旦那?両親?

お腹が減った。。。でも自分では満足に作れない、、、どうする?

出前でも頼みますか?お金は?誰が玄関まで払いに行きますか?側に誰も居ないのに、、、

あなたの大切な人が、トイレに行けなくなりました、どうしますか?

オムツにしたはいいけど換えれますか?毎日、毎日、毎日、毎日毎日毎日、、、、時に、予想以上の出来事だってあるでしょう、、、毎日、毎日、毎日それでも文句を言わずに換えれますか?

ご飯を食べさせなければ、、、

毎日、毎日、毎日毎日毎日、、、、休む間もなく襲ってくる非日常の、過酷な現状に耐えれるのでしょうか?

耐えています。介護と向き合いながら、殆どの人が葛藤をしながら死に物狂いで耐えています。何故なら愛する人だからです。目の前にいるのは自分の父や母」であり、夫や妻だからです。何とか以前のような元気な姿に戻って欲しいと、天にもすがる想いで、日々を乗り越えている事でしょう。。。

介護の専門家達は、どこまでこれを理解しているか?

しょせん自分の身内ではありません。そこまではできない、、、、

そんなくそったれがいるのです。トイレに行きたくても行けれない老人を見下す、くそがいるのです。自分だってお尻から臭いのするうんこを出すのに、老人のそれは汚く毒と思う、クソ野郎がいるのです。職員の都合よく動かない老人を痛めつける、外道がいるのです。

死んでしまいたい・・・

見下され、この世の悪のように扱われる老人は、当然こう思うでしょう。ただでさえ、不自由な自分は、老人でなくても生きる気力をなくすはずです。。。しかし、老人は死にません。

何故か?

自ら命を絶つ勇気がないから?ボケてしまい死ぬ為の行為を忘れてしまうから?そんな単純な理由じゃないのでは、ないのだろうか?もちろん、それも背景にはあるでしょう、でも、もっと深い大きな理由が存在している気がしてなりません。

生きてたら何か良い事が待っているんじゃないか?

そんな気持ちが、今にも消え入りそうな老人の生を、かろうじて支えているのではないのだろうか?

だとしたら、介護の専門家のやることは一つ。

その、今にも消え入りそうな、、生きる希望の灯火を消してはならんと言う事ではないか?

生きてて良かったと思わせなきゃならんのじゃないか?

東京の老人ホームで起きた事件は、他でも起きていると思っていい。あれは、一部が溢れた形であって、今も苦しみにあえぐ老人が存在する。

介護の、医学の、看護学の、どの教科書を見ても、まず初めに書かれていることは、人間を尊重しなさいと、抽象的に書かれている。そして、おそらく、それ程多くの時間をかけて講義されないのが実情ではないだろうか?

対人援助において最も必要不可欠な事柄を、おなざりにしてきている専門家達。ふんぞり返って何も出来ない老人を見て、殿様気取りの専門家達。

欺瞞に満ちたこの世界が憎くて溜まらない、、、

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2006年7月10日 (月)

やらねばならないこと

酷い世界だと、つくづく思う。

専門職とは名ばかりの、なんちゃっての連中。

でも、もしかしたら、自分もそうなのかもしれない。

介護の人間が目指す専門性ってなんだろうか?

オムツの当て方が誰よりも上手い事か?綺麗に当てれる事か?

何曜日の何時から何時までにと、時間を決め、機械の風呂に寝たまま入れる事か?

決められた事を、毎日、繰り返し、こうしたいと願う人間の当たり前の要望を、施設だからできません、介護保険にはないからできませんと、割り切って制限し制約する事か?

僕達は、介護は作業をインプットされた作業マシーンなのか?


今から一週間前ぐらいの出来事だった。夜勤をしている時の話。もしかしたら、僕のやってる事は、おかしいのかもしれない。普通では考えられない事なのかもしれない。でも、やってしまうのだ。やらなきゃいられないんだ。

いつ死んでもいい・・・どーせお前は何もできないのだろう・・・

そんな風に言われてるみたいで、絶望に満ちた目で見られるのだ。怖くて怖くてしょうがない。



左足を骨折し、ギプスで足を固定している「Kさん」。骨折は治癒してはいるが、何故かギプスは取れずにいる。ギプスがあるから、車椅子に座る時も何だかぎこちない。。。取ってはダメなのか聞いたら、ダメだそうである、、、それ以上は何も言わないでいたが。。。

そして、その夜勤の日。と言うよりも夜勤明けの朝方である。起床後、早出で出てきた職員が「Kさん」を起こした後の出来事だった。。

「Kさん」は、ほとんど自分から車椅子を動かすと言う事をしない方である。でも、時々自分で動かして移動する時もあるのだが、それは、何か自分でしたい事がある時である。(当たり前の話なんだけど、、、)たいがいが、お部屋に戻りたい時に、滅多に動かさない車椅子を、座りにくいが為に、運転しにくい車椅子を懸命に動かして行く、、、

「Kさん、何処に行ってるの?」

ふいに早出の職員が言っているのを耳にした。珍しく車椅子を運転してるではありませんか!!起きたばかりだし、まだ眠たいのかな?と僕は思ってその早出の職員が行う事を、傍らか息を潜ませて見ていました。

「トイレに行きたいんやけど。。。」

これまた、滅多に自己主張をしてくれない「Kさん」が、傍から見ている僕にまで聞こえる声で喋ってるではないですか!! それだけで嬉しさがこみ上げるオイラ。毎日、そーやって言ってくれないだろうか。。。

「あ、そう」

………

え。

えぇー

そんだけ・・・

その職員は、一言だけ残し、いそいそと他のお年寄りを起こしに行ってしまいました。

取り残された「Kさん」は、懸命に車椅子を動かし、やっとの事でトイレの手前に到着。。。すると、早出の職員がやって来て、、、

「Kさん、ご飯来るから席に着いて」

車椅子の向きを変えられ、早出の職員に連れられて席に戻されて行く「Kさん」。

それでも、「Kさん」は諦めません。再び、車椅子を運転しトイレへ目指して行きます。



Kさん、ご飯が来るって!!」

「トイレに行きたい」

滅多に声を出す事のない方が、声を出してまで伝えようとしている。なけなしの勇気を振り絞っているではないか。。。

何もしてくれないから、私は声を出すのをあきらめたのよ

地獄の世界からの無言のメッセージに、僕はいつも怯えている。そんな顔しないで欲しい。そんな目で僕を見ないで欲しい。

ポータブルトイレを持って、「Kさん」の部屋に設置。そして、「Kさん」を連れてお部屋へ行く。そして、ベッドへ一旦寝てもらってオムツを外し、ポータブルへ座ってもらう。

(ばーちゃん、便所に行くぞ)



足にはギプスをしていて、満足に立てない。。。

じゃあトイレに行ったらいけんのか!!

そんな事はないだろう?俺は間違ってるか?

間違ってるかもしれん。でも、今の俺にはこのやり方しか思いつかん。目の前でバーちゃんがトイレに行きたいと願ってる。リハビリの先生みたいに、上手く人体の機能は使いこなしきれん、医者のように立たせて上げれるような治療も俺はできん。でも、トイレにぐらいなら、行かせきれるかもしれんやねーか。

ポータブルトイレに、うんことおしっこが、しっかりと出されているのが、嬉しかった。

「Kさん、お疲れさん」

再びベッドに寝てもらい、オムツを着ける。また、トイレに行きたいと言ってくれないだろうか?この、オムツを外せる日が早く訪れて欲しい。本当なら、今すぐやらないといかんのだろうが、僕はそこまで勇気がない。拳を振り上げる勇気があったなら、こんなに毎日陰鬱な日々を過ごしはしないだろう。。。

ありがとう

背筋に電気が走る瞬間が、愛しい。



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2006年7月 4日 (火)

介護の世界の横暴

前にも書いたが、このココログでの介護のブログは、ほとんどが自宅で介護をなさっている家族のブログだ。そしてそこには、当事者でしか分からない想像を絶する世界が繰り広げられている。その世界にずかずかと足を踏み入れてしまった自分に自己嫌悪を感じ、もう一度自分の介護の価値観と、意義を見直そうと思った。

そして、他の介護の仕事に現在就いている方々のブログなり、ホームページを探す事に。。。

今日、たった今。その作業をしていて、悲しくなった。

介護の世界は、偏狭で陰鬱な世界から脱却できるのだろうか?

あるブログで衝撃を負った。そして、僕は傷付いた。お年寄りを選り好みする介護の職員がいると言う事、利用者のクレームを我侭だと受け取ってしまう事、クレームが出ると言う事は自らの行いが悪いのに、何らその事に疑問を感ぜずクレームを言う側が悪いと思っている事、クレームを言う人間がいなくなったら、嬉しかったと違う喜びを感じている事、その方が戻ってきたら嫌だと感じている事、そのブログを書いている人だけでなく、その人と共に働いている人が、平然と利用者を選別している事、問題をその場限りにしてしまうトップがいるいう事、、、

とにかく読んでいて腹が立った。できるなら、そのブログに思いつく限りの暴言で、罵倒してやりたいとさえ思った。ここに、そのブログを載せて志のある他の介護に携わる人々に晒してやりたいと思った。介護に苦しむ人々の気持ちを理解できないのだろうか?地獄の来るしみを味わいながらも、懸命に向き合う人々の想いが分からないのだろうか?

なぜ…。なぜ、そんな人間が介護の仕事をしているのだろうか?

今日探したのは、もしかしたらほんの一握りの連中だろう。それ以上に、向上心と志と情熱のある介護職員は五万といる筈だ。だが、僕はその一握りが許せない。老人を愛する人ばかりでいて欲しい。我々は聖人君主ではないが、仕事として人の援助をしている。その時だけは、どうか老人と向き合って欲しい。

ここで、そのホームページを批判したくはないが、一つだけ言っておきたいし、ここで伝えておきたい事がある。その心無いブログを書いている方は、パートで働いているそうだ。同じパートで働いているZUNKOさんとは大違いだ。

こんなこと書きたくなかった。でもそのブログを見つけた時、居ても立ってもいられなくなった。

高齢化社会。。。これからますます老人は増える。介護を必要とする人々も増える。地獄の苦しみを得る人も増える。その人々達が安心して老いる事を委ねてくれる日がくるのだろうか?今日出会ったブログのような施設は五万とあり、改善し向上し続ける施設も五万と在る。当たりとハズレの世界。介護保険と言う社会保障を強制的に取っておきながら、ハズレがあるのか!?

それはいかん。

ハズレはあってはダメなんだ。

我々はプロなのだから

2006年6月27日 (火)

ワイワイがやがや

集団ケアを馬鹿にしていた。集団ケアは、ただ効率良く業務をこなしていく為の何ものでもないと、見下していた。そこには、肝心のお年寄りはいなく、あるのは、その場限りのマンネリ介護。。。。

そんな中、我が施設で弁当を買ってみんなで食べようとなった。

弁当屋さんから、四種類の弁当を購入し、お年寄りに選んでもらって、職員も家族も一緒に弁当を食べる、と言うものだ。初めはそんな無謀な事できる訳がないと、斜に構えていた。が、以外にも企画案はすんなり通り、この企画が実行できる事になったのだ。ちょっと嬉しかった。今まででは考えられない世界だから。前の老健では、確実にダ出しの企画。厨房からは人と時間がかかるし栄養面でも厳しいと言われ、事務からは費用面で文句を言われ、看護からはそんな事をして何になるのかと、つっこまれ実現できなかった。

少し今の施設の良さを実感した。ちょっとだけもう少し頑張ってみようかなと思った。

狭いホールにお年寄りと家族と職員。ぎゅうぎゅう詰めの中で、「もう少しずってくれんね」「あんたは、何弁当ね?」「お酒をくれんか」「おいしい」

ワイワイがやがや。

集団ケアが必要な気がした。介護の世界は今、小規模と叫ばれている。家には五十人、百人も普通住んでいない。だからできるだけ少人数で、家庭的な雰囲気を…

確かにそうだと思う。できるだけ小規模にすればお年寄りと向き会えれるし、じっくりできるだろう。けど、それだけでもダメなのだ。集団ケアの中に、個別性が得られればそれはそれで、楽しい。

弁当を選んでもらう。たったこれだけが年寄りの瞳に輝きをもたらした。まさに介護の醍醐味だ。看護や医療には実現できない生活プロの、ダイナミズムと言ってもいいだろう。そしてこれは科学的データでは出てこない。根拠もない。

みんなでいつもと違う事をするから楽しい

当たり前の理論。

いつもと同じ生活。その中にいつもとちょっと違う事があるから、生きていて楽しいのだ。明日も良い事があると良いねと思えるのではないか?それを証拠に、いつもご飯を半分残す方が全て平らげ、デザートもしっかり食べていたし、飲み込みが悪く、普段は人より倍時間のかかる方も、非常にスムーズに飲み込んでいく。

気のせいか、お年寄りの肌がスベスベしているように感じた。たぶん気のせいだろうが…

2006年6月 7日 (水)

俺は何をしているのか?

介護のホームページを立ち上げて、四ヶ月が経った。介護の世界を知ってほしいと、願ったからだ。これから、介護の世界に足を踏み入れていく人々に、この世界をしっかり認識して苦しみを産まないでいてくれれば、何かを落としていけれたなら、そう思い始めた。

それは思い違いだ。。。いや、思い上がっているとしか思えない。俺は、馬鹿だと今更ながらに思い知った。

ココログのブログで介護を検索するとその殆どが、自宅で介護をしている人々だ。みなそれぞれに、想いを抱いて介護と向き合っている。それぞれが介護の在り方と方法を模索し懸命だ。

プロだから!!

俺は、変な自負心で、その世界に足を踏み入れては、知りもしない家族の想いを無下にしていたのだなぁと、気付く。思い違いをしている。思い上がっている。

悔恨の一心だ。もしかしたら、いや、確実に傷つけただろう。余計な、混乱を招いているはずだ。。。おこがましい。

その場にいるのなら、まだ許される。自分が出向いていってケアをすればいい。しかし、このネットの世界では、無理な話だ。そこいらのネットに出没するアラシと一緒だ。無責任な事を書き立てて、煽ったりしているのと同じじゃないか・・・

家族は、現実の世界で苦しんでいて、心の平穏を願っているのだ。

僕は、自分がどうにもできない現実を、この世界に投影させて、偉そうに分かったふりをして息巻いている・・・恥だ。

本当なら、しっかりと今までに訪れたホームページに足を運んで、侘びをいれるべきだろう。しかし、それは、もう出来そうにない気がする。とても恥ずかしくて何も言えれない。それに、今更何と言うのか?お詫びを申し上げますとでも?それこそ、今更だろう。散々、混乱させておいて、それはないだろうと思う。

介護に苦しむ人を助けたいと願ったはずが、余計に苦しませてしまう事になるなんて、、、何が護るひとだ。

自分の浅はかさと嫌らしさと、おこがましさでとても耐えれないでいる。

リフレッシュ?

あー、木になりてぇ・・・

最近、そんな風に考える。何て言うか、その、ぶっちゃけどーでもいい。。。って思うようになっている自分と遭遇する。現状に打ちのめされ、何もかもが憎らしく、そして儚く、苦しい。

僕がいる場所は、世界の端の端の方で、そしてそこの大きな湖に浮かぶ、今にも沈んでしまいそうな枯れた藁の切れ端だ。

叫ばなければ、誰にも気付かれない。

優秀だよ。それが出来る人は強い。そーやって世界を変える力を持てれる人間は限られてる。

悶々として、何かに責められている気がして、陰鬱とした気持ちが胸の底からジワジワと広がっていく。切れ端の上から叫んでも、湖の湖面の上の風に吹き消され、絶望の中でそのまま沈んで行くのだろう。


三好春樹先生が我が地元にやってくると言うことなので、早速、講演に行く事にした。この方は、介護の世界に彗星の如く現れた救世主だ。

これまで介護がぶち当たっていた、悶々とした声に出来ない鬱積された思いを、はっきりと声に出し、形として現し、示してみせたのだ。

僕達が陥っているジレンマ。これ以上、手が出せないと悲観し諦めていたちょうどその時に、彼は声を上げたのだ。

介護から目をそむけるな!!

介護にしか出来ない事があるだろう?それを探そうよ。介護が担う世界は無限の可能性と、ダイナミックな感動が待ってるはずだ。そしてその方法は、専門家がこれから考え出し提供し、地獄の底にいる介護の苦しみにのた打ち回る人々を救おうじゃないか。遅くはなった、でもまだ間に合う。諦めては始まらない。

先生の講演を聴いて、元気が出た。

相手にするのは、仕事の速さや、量や時間ではない。顔色を気にするのは、職員でもない。結果を求めても報われないことだらけ。そんなの初めからうっすらと気付いてもいたはずだ。

あの百万ドルの笑顔が待っている。

残された余命を懸命に生きるその姿に感動をする。

自分に負けてはいけない。大丈夫、介護の世界は必ず変わる。僕達介護の人間が諦めない限り、この世界は広がるだろう。寝たきりの老人を起こそうと言い始めたのは、介護の人間だった。オムツを外そうと言い始めたのも、、、

全ての老人に愛を。。。そのためなら、自分はどれだけ擦り減っても構わない。たとえ、その声がかき消されても、沈んでしまっても、それよりももっと苦しみにのた打ち回っている家族がいるのだ。お年寄りがいるのだから・・・

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2006年5月19日 (金)

夜勤。。。

新しい施設に来て夜勤をするようになりました。老健に来て、良かったなと思うのが、ナースが常勤で夜勤をしてくれる事、、、この仕事で最も怖くて嫌な勤務が夜勤。いつ急変するのか分からないし、病状が安定しない方がいたりすると、ドキドキします。

グループホームに勤めていた時は、この恐怖と常に戦っていて、本当に夜勤が嫌でした。。。何かあれば常に看護師へ、、、個人的には看護師は嫌いですが、この時は頼りになります。(都合の良いオイラ)


しかし、夜勤をしていて、また、あり得ない事柄にやる気をなくす。。。

ベッドを柵で囲んでるんですな。降りれないように。。。身体抑制です!!指定取り消しじゃね?理由は、ベッドから降りてキケンだから。。。いやいや、降りるのは理由があるからだろ?と思い、早速、ベッド柵除去に奔走。文句を言われれば、言い返してやる!!と意気込み、外すが、相方は別段何のリアクションなし、、、気付かないのかな?それとも、後で陰口でも叩くのか?と疑心暗鬼。。。。それでも、ベッド柵で降りれないようにするのは、良くねぇ、、、もちろん外すからにはそれなりのリスクもある訳で、、、


で、「Aさん」の部屋に行くと、その問題の柵に足をかけ、ズボンを半分下ろし、ベッドの上でもがいているではないですか。。。早速、行動。

声をかけると、何でもないと遠慮がちに言われる。胸が痛む。                 誰がどー見ても何でもないことは、ない・・・今まで我慢を強いられてきたのだろうか?


この姿を、今日までやってきて、                                             「柵に足をかけて危ない」 だとか                                       「ズボンちゃんと履いて」 だとか                                          「寝て」 だとか  言われて来たのだろうか?


他の職員の、この「Aさん」に対しての対応を見たことがないので、一概には言えないが、柵をして行動を制限し解決を図ろうとする、その世界に絶望を抱く。もっと言えば、身体抑制廃止と叫ばれ、その考えがポピュラーとなっているはずなのに、この現状。この遅れたと言っても過言ではない意識を、どう改善すればいいのか、、、こんな施設が他にもあるんだろうな…と何とも言えない消失感を覚える。どんなに声高に、理想や理念を叫んでも届かない世界がある。。。


ズボンを下ろしている事から、トイレに行きたいのでは?と推測する。もしかしたら単純に暑かっただけかもしれないが・・・試しにトイレに行くかどうか声をかけてみると、パッと表情が明るくなった、そんな気がしただけ(独り善がり/苦笑>>>) 

                         

「行きたいけど・・・」                                                 何で遠慮するんじゃ!!

                                                                                                                                                  

その言葉を聞き、すぐに車椅子を準備しトイレへ。そして、排泄後オムツを外し、紙パンツにし就床してもらう。初めは、失禁したらどーしょうか?と悩んだが、ズボンを下ろすぐらいの尿意を感じるのだ、大丈夫。と、根拠があるようでない感覚を抱き、トイレに行きたくなったらナースコールを押してもらうよう頼んで、部屋を後にする。そして2~3時間してコールがなければ、トイレの声かけに行こうと、忘れないようにメモに記し過ごす。そして、3時間後にコール。ガッツポーズな俺。


何か他の職員がどーとか、関係なくなってきた。だけど、この背筋がゾクゾクする快感は、他の職員にも味わってもらいたいなぁと思ったりもする。これがあるから辞めれない。


そして次の段階も考える。「Aさん」が、夜間にトイレに行きたくなると言うのは分かった。そして、その都度トイレへ誘導すれば良い事も分かった。が、夜間にトイレ誘導が出来ると言う事は、夜間に常に起きている人間がいて、配慮できる人員が確保できているから成功するのである。これが自宅となるとそうはいかないだろう、家族が夜起きて、トイレ誘導するのか?                                              オムツの方が家族にとっては、負担が減るだろう。家族に負担をかける訳にはいかない。家族は負担を減らして欲しいのだ・・・


オムツに舞い戻り・・・

絶望・・・


ここからが専門職の繋がりと、チームワークが試される時だ。                       一人でトイレに行けれるようになれば、家族は負担がかからない訳で、、、

「Aさん」のこれからを、担当でもない俺があれやこれやと言えた義理ではないが、これからオムツが外れ、柵などで抑制されないようになって行ったならば。次は、一人でトイレに行けれるようになる段階を考える。                                          まずは、ポータブルトイレ。排泄の自立援助三大神器と言われる代物だ。これを設置し身近において置く。                                                    次に、リハビリの先生の出番。ベッドの起き上がり、起きてから車椅子や椅子などへ移る練習を行ってもらう。                                                                    そしてそれが出来るようになれば、ベッドの側にあるポータブルトイレへ、誰の力も借りずに行けれるのではないか?  と、これまた独り善がりの発展的考えな俺・・・

しかーし

今これを考えている最中に、最も困難な解決事項がある事に気が付いてしまった。。。それは、トイレに行く時はズボンを下ろす行為があると言う事を忘れていたのである・・・「Aさん」 立位は出来るものの、前屈姿勢があり、手すりを持って立ち上がるのがやっと。。。その状況下で、ズボンを一人で降ろせるのか?  行き詰った・・・


夜間、施設でトイレに行けれるようになっただけでも、良しとするのか・・・


満足できねぇー   何か方法ねーのか・・・・ 

                           

まてよ、、、夜寝てる時に、ズボンを半下ろししてたよなぁ・・・確か前に申し送りで、下半身素っ裸になってたよな。。。閃いちまったぜ、、、天才か?                                立ってたらズボン下ろせないけれど、寝てたら下ろせるんじゃね?

                                   

とか、考えてみたけれど。。。                                         誰か他に良い案があったら教えて欲しい。。。


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2006年5月15日 (月)

やってやるぜ!!

辞めなきゃ良かった。

介護の世界に足を踏み入れ、はや幾年・・・勉強をし自分の視野が広がっていく度に、絶望に何度も出会う。                    自分が成長をしているのだと実感するのはいいが、その傍らで苦しみにもがくお年寄りを、僕は誰一人として救えた実感が湧かない。逆にいつも救われている。。。

あの黄金の笑顔。きらめく瞬間が時に胸に刺さる。そして逃げるようにして施設を変え、同じような絶望と暗鬱とした想いを抱き、「何故辞めたのか、辞めなければ良かった」と、後悔をしてしまう。そして、誰かのせいにして、自分と向き合えずに、また、逃げ出そうとしている。。。

介護なんてしなけりゃよかった・・・


今日も愚痴をこぼします。。。

とにかくありえない事柄が多すぎて、何処から手をつけていいのか。。。特に看護婦。医学的管理の名の元、拷問に近いですな。お茶の摂取量が少ないお年寄りに、無理やり飲ませようとしてみたり。                                  「干からびて死ぬよ!!」  脅迫ですな。                                                   「飲まないとお部屋に帰れないよ」  抑制。                                                 傍から見ていて泣きそうになります。どーしたら飲むのかってのを考えれないようです。それが、看護師と言う専門職だから。もうどうにもならないですな、、、

そんなに飲めるかっつーの。ただでさえ味も素っ気もないお茶。飲め飲め言われて飲めるか!!

そんな事を言おうものなら、「熱が出て苦しんでもいいの?」「お○っこが少なくて異変が起きるよ」等と確実に責められそうですが。                                                                          確かに水分は必要です。高齢者にとって脱水症状ってのは、起こりやすく危険なものです。でもね、だからって拷問は違うくね?脅迫も違うだろ?そのやり方で水分を飲ませて、専門職気取りはねーだろ?素人じゃねーか?

方法はいくらでもあるんじゃないのか?

例えば、一日に必要な水分量があるなら、一日を通してその量を飲んでもらうとか。別に食事の時にコップ一杯を飲まなくてもいい訳だし…水分チェックリストみたいなのを作って、一日のトータルで考えるとか…                                               もし、味のないお茶が嫌なら、本人の嗜好に合わせた飲み物用意するとか…                                           もっとダイナミックに考えて、飲みたくないってのが、単純に喉が渇いてなかったとしたら、生活(施設での過ごし方)全般を検討するとか…                                     

何で考えてくれないんだよ・・・                                                          老人の目が死んでいくのが、分からないのかよ。あの生きる希望をなくした、絶望に浸る目が怖くないのか?

俺は嫌だ。

絶望の淵で苦しみながらも、それでも目の前では生きているジーさんバーさんを、ほっとくわけにはいかない。

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2006年5月13日 (土)

制度とは誰の為にあるのか?

介護保険法改正!!

と、今年の四月から介護の世界では、叫ばれています。                                          そして、関係者からは批判の嵐。                                                        天下の悪法として、これからも論議を醸すことでしょう。。。

介護保険の、、、、いや、高齢化社会の主人公は紛れもなく、高齢者。制度そのものではなく、また、それを取り巻く施設や業者ではない、、、                                                                    高齢者を、制度の枠内に収めようと躍起になろうとするのは、誰か?・・・


先日、『所さんの、笑ってコラえて』と言う、テレビ番組を見ている時だった。鮮烈と言うか、目からウロコが落ちるような、光景を目の当たりしたのである。

とある農村で、畑仕事に精を出す親子。母親は、八十をゆうに超えているそうだ。それでもたくましく、土にクワを振り下ろして行く。                                                                          介護保険制度では、このようなご老人を対象にしている訳で・・・しかしちょっと待てよ?八十をとうに超えたバーさんが畑に出て、クワを持ち、土を耕している姿。介護保険とは全く程遠い世界。しかし、当たり前の世界。。。

この度の改正の目玉の一つが、介護予防である。高齢者がこれから増え続ける事を睨み、介護が必要になる状態になる事を防ぐ事を前提にしたサービス強化が図られる事となった訳で、、、

畑仕事をするバーさん。                                                              介護なんて必要ない状態。                                                           介護予防をすでにしているじゃないか!!                                                                               

介護って何だってのを、改めて考えさせられた。                                                我々は独り善がりで、いらないお世話を焼いてるんじゃないか?                                                                         

介護保険が変わる!! そう息巻いて右往左往する福祉関係者を尻目に、ジージ、バーバ達は懸命に日々を生きている。

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2006年5月 9日 (火)

無精者なもので・・・

世の中は大型連休。そんな中でも、きらめく黄金の笑顔を見る為に仕事に励む俺。。。

どんなに黄金を追い求めても、一歩手前で邪魔をされる。

やっとの思いで、探し当てた金脈、、、

介護の世界の絶望を、僕は何処に叫べばいいのだろう。。。


ちょと前に入所してきた『Sさん』  結構自我が強く、入所当日は共に来た息子さんと喧嘩しながらの来訪、、、ベッドの位置やテレビの位置等を変えていると、突然「もういい!!」と怒鳴ったり、相談員が何かを質問すると「知らん!もういい!!」と怒鳴ったり、「こんな所!!」と言い出し、あげくの果てには息子と口論。。。そんなやり取りをワクワクしながら眺める俺。入所担当をした職員は、かかわりたくない風だったが・・・

とにかくこの『Sさん』。ことある毎にキレるのである。ちょっとお部屋の掃除をしようものなら、「あたらんで!!」 急須を動かそうものなら「ずれた!!」 キレキレである。入所台帳や相談員からのお話では、あまりにもキレるので、以前入所していた施設から出されたそうである。

ちゃんちゃらおかしなお話に、思わず吹き出したオイラ。

その話を真に受け、どーする?的な雰囲気の職員。

どーするもこーするもねぇつうの

簡単じゃい。関わればいいんじゃい。何度も何度も、キレられてもキレられても。                           

そもそも何故キレるのか?

『Sさん』を観察していて思ったのは、行動はほぼ自立である。多少足取りはおぼつかないものの、何でも自分でやれる方だ。何故に施設に入所するのか不思議な位である。本人もそう思っている筈だ。(あくまで推測/笑)  

自分で何もかもできるのに、施設に入れられた。でも施設にいると不自由が起きる。イライラする。勝手が違うし、いちいち誰かに頼まなければならない。メンドクサイ、、、頼んだら自分の思っている事をやってくれない。                                    部屋にいると、見知らぬ者が愛想良くやって来て、中をいじっていく。

だれじゃおまえは。。。なんなんだ。。。

誰だってそうですよね。自分の事に下手に干渉されたりしたら、イライラしますよ。もちろん、ありがとうと言う人もいる。それは、もう個人の性格なんじゃないのかと・・・ただでさえ環境が変わり、勝手が違う中で生活を強要されなければならない訳で。。。

とにかく信頼をされなければ。。。とオイラは意気込んでお部屋へ。               「いい!!いらんことせんでいい!!」   撃沈・・・厳しい。。。                    次は入浴介助。またキレられるな、とワクワクしながら入浴を誘いに行くと、特に普通に了承される。少し拍子抜けする。が脱衣所にて、『Sさん』のバスタオルを脱衣所の腰掛けに準備している際、突然「椅子にタオルを敷け!!」とキレた。                    「いやいや、今準備してるから待ってくださいよ」 思わず苦笑。。。               それでもこちらの言葉には耳を貸さず「タオル!!」と催促、、、ハイハイただ今持って行きます。。。おそろしくせっかちな『Sさん』 次回の入浴時は早めにバスタオルを準備しようと反省。。。

その後の入浴中でも、あーでもないこーでもないと注文を受け付け。時にキレられ。神経を研ぎ澄ませ、出きるだけ『Sさん』の逆鱗にふれないよう細心の注意を払い入浴を行う。そして、お風呂上りに一言

「また、お風呂に入れてな」

おおう!! 思わず抱きしめたくなっちゃいましたよ!!    

何度でも入れますよ!!

たとえ時間外でも!!

その後、顔を見るたびに「また、お風呂にいれてな」と、キュートなお言葉。エクスタシーを感じずにはいられないオイラ。

それでも、お部屋の掃除に行けば 「いい!!」とキレられる・・・き、厳しい。。。

全ての年寄りに愛を・・・ホームページに戻る=護るひと

2006年4月26日 (水)

慣れたのか?

介護保険改正のせいか、非常にバタバタとしている我が施設。                      特にリハスタッフとケアマネ。。。リハビリ計画書なるものを作成せねばならないとのこと…。                                                         個人的には、リハビリ必要ない利用者までに作ってるから忙しんじゃねぇ? と思ってみたり、、、                                                           ケアプラン先にしっかりやろうぜ?  と思ってみたり、、、                         リハビリで金取れるからって、無駄なことしてもねぇ。。。それが利用者の為なんか?

まぁ、現場は現場で、制度改正の煽りを受け、かなり混乱をしております。              改正したばかりだから、多少の混乱はあるでしょう。しかし、問題はその多少なのでして… 利用者は振り回される訳で…

で、今のやり方に慣れた五年後に、見直し改正されてまた混乱。。。ってな事にならんようにしてくださいよ!!                                           


新しい職場に来て、まもなく一ヶ月が経とうとしております。幾分か職場の雰囲気にも慣れてきました。僕にとって問題は人間関係。。。特にこの業界に入ってからは、極端に心を閉ざすようになりました。人間不信ですな!!  信頼を置ける人に出会えるか?それを求める訳です。。。                                                      で、その信頼って何かって事になります。僕の場合、僕自身に優しい人ではなく、利用者に優しい人って事です。どれだけ利用者に優しくしているか?それが判断基準になっていたりします。。。  言葉使いや、態度、それを観察して信頼を推し量っている訳で、、、

どんなにね、テキパキテキパキ動いていても、どんなに早く業務をこなせても、助けを求めるお年寄りに適切でない行為をする奴らは、嫌いなんです。  それは、どんなに僕に色々と親切にしてくれても…です。。

常にジーちゃんバーちゃん達の事を考え、何かを探している人を僕は尊敬するし、見習おうと思うのです。友達になりたい!!と心をトキメかせます''☆''

そして今の所、まだですが、僕の心に引っ掛かる人物には出会ってません。。。       なので、気安く話しかけるのはやめて下さい。非常に疲れます。。。一応チームワークは大事なので、分からない事は質問するし、大事な事は伝えます。だからと言って心は開いていないので、ヅカヅカと入って来ようとするのは困ります。                                

ストレスが溜まる日々。。

飲み会とかあった日にゃあ、あーた、もう死にたくなります。。。拷問ですな、、、                 酒は気心の知れた人と飲むのが一番旨い筈(私は酒は飲めませんが…)               

やれやれ、、、 ホームページに戻る=護るひと

2006年4月15日 (土)

絶望のはざま

介護保険改正。

くそくらえ!!

制度がなんだってんだ?じーさんやばーさんの事、介護に苦しむ家族の事を知らない、知ろうともしない連中が作った制度なんて、現場にゃぁ関係ないわけで。。。


今日も愚痴を書きます。。。

僕が勤めている施設でのお話。そして全国の施設でも同じように起きているであろうお話。

普通僕達は、腹が減ったらご飯を食べます。喉が渇けば飲み物を飲みます。トイレに行きたければトイレに行き、眠たくなれば眠ります。当たり前の生活です。                                       しかし、高齢者(特に障害をもってしまった高齢者)は、その当たり前の生活を、うまく送る事ができなくなる訳です。その苦しみと言ったら、、、想像してみてください。                        お腹が空いたからご飯を作ろう…立てない、利き手が動かない、作り方が分からない。                                     トイレに行きたい…ズボンを下ろせない、間に合わない、場所が分からない。        

なんでこんなことに・・・

想像を絶する苦しみなのです。それは、出口のない地獄の迷路、、、我々はそれに耐えれるでしょうか?                                                 しかし、高齢者はその苦しみと戦い、タフに、生きようと戦っているわけで…その姿に敬服してしまいます。その姿を見た時、何か手伝える事はないか?と考えるのが、介護ではないか?と…

苦しみを理解できない連中が、介護福祉士と言う国家資格を持ち、専門職手当を貰い、介護保険制度維持の為に支払った保険料で、自分の生活の為のお給料を貰っています。  いいんですか?

もし俺なら、金をかえせ!!と声を大にして叫ぶでしょう!!

ですが、彼らはそんな声に対して屁理屈で対抗してきます。                   「こけたら危ないので紐でしばります」                                     「喉に詰めたら危ないので、刻みます」                                          「・・・危ないので」

命のキケンを盾に、当たり前の生活を奪うなんちゃって専門職。。。                      リスクと向き合えない、専門職。。。                                             その理不尽と戦うプロフェッショナルを排除する、保守的な連中。。。

振り回されるのは、じーちゃんとばーちゃん・・・                                それでも残された時間を懸命に生きようとする。。。

 

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2006年4月13日 (木)

ありえないことだらけ!!

新しい職場での、非常にアバウトな指導のおかげ?で、幾分慣れてきました (^^;)

しかし、まじでこの施設大丈夫か?と思う今日この頃、、、新人に対する扱いとかは、まぁよくある話。それは、新人自体が行動を起こせば、対処できる事柄なので大目にみますが、、、

お年寄りに対する扱いに関しては、、、ぶっちゃけ、十年前の介護をやってます、ハイ。力任せのパワー介護。。。老健って在宅復帰を目指すんですよね?その為には自立の支援をしなけりゃいけないんじゃないの?何でもかんでも職員が力づくで、介護をして何が自立支援じゃ?!                                             もはやこれは介護とは言えないし、専門性のかけらもありゃしない。力があれば誰でもできてしまうではないか!!これを当たり前と思ってしまう、介護現場なんていらない。介護福祉士もいらない、その他の介護の専門職なんていらない。                       そして、お金をもらう資格もない……

「年寄りの為を思って」

は?                                                    嫌がってるのに?                                                したくないって言ってるのに?                                                   

強要、無理強い、強制、                                                    

「また、、、」 「もう、、、」 「だめ!、、」

すいません。僕にはお年寄りの為には見えません。拷問にしか見ないんですけど?

なぜだ!!                                               介護は、当たり前の事を当たり前にすればいいだけの話である。食べたい物を好きな時に食べ、見たいものを好きな時に見て、したい事をしたい時にする。誰からも管理されず、誰からも制限されない、普通の生活を送る為に、ちょっとだけ足りない所に支えに入るだけが、介護の真髄なのではないか?                             歩くのはキケンだから、車椅子で。ベッドから降りようとするから、柵で囲って落ちないように。原型もとどめてない刻まれ冷えたご飯を、いらないと言ったら、「為を思って、、、」と無理やり頬張らせ。水分が足らないからと、コップ何杯も味もそっけもないお茶を、いらないと言うのに、無理強い。体操に行きたくないと言うのを、無理やりベッドから起こして強制参加。風呂に入りたくないと言って、必死に車椅子を漕いで逃げるのを、捕まえて手で車輪を動かせないように押さえつけ、有無を言わせず浴室へ。

いらんお世話  しかできない介護職や看護職

お世話≠介護 を理解できない、専門職。

以前勤めていた老健もそうでした。グループホームでもそーでした。これで、職場を変えるのも最後にしようと決めた、ここでも。。。もはや、絶望を覚えるしかない、介護の世界の現実。

                                                          どこで働いても同じ……

心が折れそうになるのを、歯軋りとお年寄りの笑顔が、かろうじて支える日々。。。

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2006年4月 9日 (日)

無精者

今使っているホームページに付設されている日記機能に物足りなさを感じ、ブログなるものに挑戦しようと思い立つ。どーせするなら巷で囁かれているブログの女王 真鍋かおりさんが使っているブログサイトで始める事にしました……                                                                       このブログなるもの、非常に容量も多く伝えたい事も十分伝えれるなぁと思い、毎日更新しようと意気込んだのですが、三日坊主…ぶ、無精なものですから。。。(それで、介護していいの?)                                                      

で、今日は(正確には今日も) 愚痴を…

四月から新しい職場で働いております。そこの母体となる病院は非常に古くからある、全国的にも有名な病院でして、、、その由緒正しき?病院に併設された老人ホームは、今月の十日が三周年記念。つまりまだまだ比較的新しい施設。新しいが故か?早速「?え?? えぇ?! ええー!!」と言う事が多々ありまして、、、

まずビビッタのが新人に対してのシステムと言うか体制が確立してない事でした。初めて働くわけです。右も左も分かりませんよ、流石に。いや、いくら経験があると言ってもねぇ。 現場に出て誰に教わっていいのやら?普通、指導者がつくんじゃありません?ほったらかしでした、ほったらかされました、、、いや、別にいいですけどね、自分で教えを請いに行けばいい訳ですから、、、目に付く人付く人全てを捕まえて教えて貰ってる訳ですが。    そんなんでいいのか!と…                                        気持ちは分からなくは有りませんよ。海のものとも山のものとも分からない新人、遠ざけてしまうでしょう。年寄りが待ってるからいちいち新人に手間を掛けてられないでしょう。    僕はいいですよ、介護の経験もあるし社会人としてある程度のやり方だって知ってるから、、、でもね初めて社会と向き合う子だっているんです。この仕事を初めてって人だっている訳で…ちゃんとした指導者が必要なんじゃないですかね!!

新人は初めが肝心です。初めの教育如何でこれからの全てが決まってしまいます。全ての評価もです。特にこれからの介護は専門性が重んじられるわけでして、徹底した教育が必要だと僕は思っています。それをね、ほったらかし。自分で動けって、、、いかがなもんか?!                                                       と言うか、今、新人に時間を掛けないと、結果的に利用者に結び付かないですよ。新人を鍛える=ひいては利用者への還元ではないかと。いくら僕が経験があると言っても、介護は相手を知るところから始まります。知るのは自分で調べればいいかもしれませんが、簡単な情報の共有も必要でしょ?それは教えて頂きたい。ましてや初めての介護ならなおさらですよ。                                                   ほったらかされた僕は、悪いけど勝手に行動しました。。。いけないでしょ?勝手な行動。 流石に次の日から誰々に付くとなりましたが、、、これがまた、付いた人間がさっさと行ってしまったり、、、意味ねぇ!!                                      結局、自分の力が頼りとなります、、、泣>>

結局、本当はしてはいけないのですが。一日の仕事の流れが書かれた業務表と睨めっこし、当面は決められた業務を覚え、そつなくこなす事に、、、目の前に年寄りがいて沢山のニーズを発信している。手を出したくても新人だからと、妙な意識が働いて手を出せない。そんな自分に腹立たしさと悔しさと情けなさを覚え、敗北したと感じる。。。

  1. 正しい介護の方法は、正しく指導しなければ、正しく行われません。
  2. 新人を戦力として使えるような人財にするには、それなりのシステムが必要。
  3. その方法をしっかりと把握し、実践できる人員の育成の急務。

と、働き初めて早速課題を見つけててしまった俺・・・

何ともやりがいがあると言うか、前途多難。。。。他にも有り得ないことばかり……

本意ではないが、やらなければならない事をするには、今はそこのやり方に従順でいなければ…と思う。目を付けられれば、できることもできなくなるから…課題は山積みで確実に片付けなければいけない。。そのために、俺は自分を殺さなければならない。。。待ってろジーちゃんバーちゃん地獄から喜びの世界へ戻してやるからな!!

って!!                                                    いつだそれは!!                                                          ジーちゃんバーちゃんは待ってくれるのか?!                                        残された時間なんてあるのかよ!!明日すら!!                               今やらないでいつなんだ!!                         

心の声が胸を締める。歯軋りと眉間のシワが又増えた。。。

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2006年4月 3日 (月)

日誌再開

四月になりまして、心機一転更新に頑張ろうと思います…今月より新しい職場。胸が躍る?いやいや緊張しますよ、やはり。今までのキャリアとか実績は全てリセットですから…これからどーなることやら不安だらけ、、、基本的に人間関係築くのは苦手。。。まぁ、別に職員とどーこーってのは気にしないので、早く仕事を覚えて煩わしい事とは無縁であり続けたいと、と叶いそうにない事を願ったりして、、、

基本的に理想だけは高いので、自分の周りがしっかりとしていてくれれば全く問題のない話、、、一番不安なのはそこなんだな、何が正しいとかはっきりしたことは、声を大にして言えないけど、専門職らしい人が沢山いてくれる事を願うばかり………

で、今月から新たに働く所は病院に併設された老人ホーム。いわゆる介護老人保健施設(以下 老健)と言う所です。先月まで勤めていた所はグループホームでして、その前に務めていたのも老健…

何故再び老健なのか…?

一番の理由は、家庭の事情。それと重なる様にして出た二番目の問題。。。グループホームの有り方が問題でした…僕が勤めていたグループホームは民間経営。勤めてすぐにその施設のずさんさと責任の所在の不明確さに、将来性を見出せなくなってしまいました・・・自分が働く職場に不信を抱き、どんな良い仕事が出来るのでしょうか?結局、しっかりした基盤のある組織へ戻る事になりました。

そして本日、記念すべき新たな職場での出発。驚いたのは新人オリエンテーションの量の多さです。さすが県内トップクラスと自負するだけの組織、初めの教育は肝心ですものね、、、朝から夕方まで、みっちり缶詰となりオリエンテーションを受けました。。。

さすがに夕方近くになると、もうぐったり研修どころでないよ、、、研修の中身はどーかと言うと、まぁ、ほとんどが簡単な各部署の説明、、、講師もやっつけ仕事だから、、、いいんだかどーだか??

さて、新たな旅立ち。。。頑張るぞ!!