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2008年4月22日 (火)

手紙

今回のブログ内容は、ほぼ実名です。。。

これを読んだ人に何かが伝わりますように・・・・・・


『山中さんへ』

あなたとの出会いと別れが、僕の人生を大きく変えただなんて、あなたは露とも知らないでしょうね。

あなたは、今でも僕の事を覚えてくれてるでしょうか?

僕は、あなたに出会った頃やあなたと過ごした日々、あなたの声、年恰好、、、今でも心の一番上に乗せて生きています。

2002年の夏ごろでしたか、あなたが僕の勤める老健にやってきたのは、併設の精神科の療養病棟よりやってきました。小さな身体に、覇気のない目、それでもしっかりと自分の意志を持って、自分のペースで生きてましたね。

何もない、だだっ広いホールの窓際にあるテーブルにいつもあなたは座っていて、いつも外を眺めていました。そして時々、立ち上がってはナースステーションへ行き、人のウワサ話ばかりする職員がたむろするそこで、小窓から「いつになったら帰れるの?」と、よく言っていましたね。

まだ帰れませんよ

と、いつもそっけなく見向きもされずに答えられていました。椅子にふんぞり返り、山中さんの所まで行きもせず、ホントにそっけなく答えられて、あなたは肩を落とし、いつもの自分の席に戻って行ってました。

ご飯をほとんど食べませんでしたね。心配だったんですよ、何で食べないのか、、、具合が悪いのか?、おいしくないのか? だから痩せてました、、、

でも、ご飯を食べない本当の理由が、あなたと関わる仕事をしている我々にあるのだと気付いた時は、申し訳ない事をした、と心底思いました。

生きる望みを失っていたのですね。ご飯なんか食べたくもない、ひとつもおいしくなんてない、と思わせていたなんて…今、振り返るとお腹のミゾオチの少し上の方がシクシクと痛みます。

ある日、ナースステーションの前で、僕が看護婦さんと相談をしていると、いつものようにやって来て、いつものセリフを看護婦さんではなく、僕に言いましたよね。思えばあれから、僕の戦いが始まったようなもんです。。。

「山中さん、帰りたいん?」

「そう帰りたいんよ。いつになったら帰れるんかなぁ・・・」

「ん~分からんけど、先生に相談してみる。」

「ホント!? ありがとう!!」

この時のあなたの顔の輝きようを、今でも忘れられません。交わした言葉はたったの二つか三つ。。。たったそれだけの何気ない会話が、こんなにも瞳に輝きを宿すきっかけになるなんて、、、

それから僕と山中さんの楽しい楽しい(僕だけが楽しいと感じていた)日々が始まりました。

ほぼ毎日、あなたは「兄ちゃん帰りたいけどまだかなぁ、どうかなぁ・・・」と僕を見つけると寄って来てくれました。

「山中さん、なかなか先生から許可がおりんのよ、、、、、、」

この方法が果たして良いか悪いかは別にして、帰れるとはっきりとは言えない分、ドクターの名を借りて、その内帰れるのでは無いかと言うニュアンスでいつも接していました。家族は、家では見る気はさらさら無いようで、面会にも滅多に来た事がありません。家族がいるかどうか疑いたくなるくらい、疎遠でした。山中さんの状況を見る限り、一人暮らしをさせるのは勇気が要ります。それなりに生活は出来るでしょうが安心した生活は、どんなに贔屓目に見ても困難なのは分かっています。なので、この方法で毎日接していました。暫くすると本人もその辺の事は、心の内で感じ取っていたように思います。。。

「私はなぁ、身体は元気なんよ。だけん帰りたいんよ」

「うん、そうやなぁ。ちゃんと先生には伝えてるけんな。帰れると良いねぇ。」

そんなやり取りが暫く続いている内に発見した事がありました。あなたの顔に覇気が戻ってきた事です。そして、ご飯を残さず食べるようになってましたね。

この時から僕はどんなに忙しくても、どんなに多くの用事を抱えていたとしても、どんなに周りからやり玉に挙げられようとも、足を止めお年寄りと話をするようになりましたよ。あなたのおかげで、僕はとっても大事な大事な事を学んだんですよ。

寄り添うこと・・・その入り口にあなたが導いてくれたのです。

それからケンカもしましたね。いくら帰りたいと言ってもなかなか帰れないことにイライラして、あなたは僕に八つ当たりを良くして来ました。。。

あんたはいつもいつも先生に言うっち言ってから!! いつになったら帰れるんよ!!もう知らん!!

山中さん。そんな事を言っても先生が何も言わんけん、俺だってどうしようもできんのやんか!!もう知らん!!

あなたは伊達に長生きをしておらず、やはり年の功だなぁと思わせる包容力で、見事に2人の間に入った亀裂を修復してくれました。

「あんなぁ、あんたが一番良くしてくれるんよ、、、話をちゃんと聞いてくれるけん・・・さっきは悪かったなぁ・・・・・・」

「ごめんなさい、山中さん。。。先生にはちゃんと言ってるけん。。。」

幸せと言っていいのか、僕はあなたと過ごしている日々は、充実した日々だと思っていました。

が、そんな日々を壊す奴等が現れましたね。。。

「最近、山中さんが座っている席のイス。あれ山中さんのじゃないやん、他にもあのイスに座りたい人がいるから、取り上げよう

そんな馬鹿な事を言う看護婦がいましたね。今でも、その看護婦はそこの老健でバカな事を言い、馬鹿な事を平気でしているそうですよ、、、

その施設の中では、座り心地の良い茶色のカバーの付いた頑丈なイスでした。他のイスはパイプでできていて、シートもプラスティック製の薄い硬いやつ・・・確かに他のイスに比べればそのイスは上等でしょう。でも座りたいと言う人、そのイスでなきゃダメと言う人は他にはいませんでした。時々そのイスに、山中さんがいない間に1人だけお爺さんが座る事がありましたが、お爺さんは気ままな人で時間が経つとあちこちに移動する方でした。そんな時、山中さんはそのお爺さんがどくまでは、違うイスに腰掛け待ってました。その姿にとても思慮深い人だと感心したのを覚えています。

そして、イスが取り上げられると、今度は山中さんはそれと同じタイプのイスを見つけて持ってきて座ります。そして、それも取り上げられます。そしたら、今度は僕が持って行きます。そんな事をしているから、僕は良く怒られていましたよ。。。決められた事を守りなさいと、、、

ルールは僕らが作るんじゃない、目の前にいるお年寄りが作る。僕らの言う事を、お年寄りに聞かせるんじゃない、僕らがお年寄りのルールに沿うのだ!!

イス一つぐらいでキーキー言う奴が、看護師や介護福祉士を名乗っているのだから、心の狭い奴等ですよね、、、僕ともう1人、同じ想いを持つ男の子と2人してイスを持っていったんだよ、そいつもその施設を辞めてしまったけど。。。

あまりに僕等がイスを用意するもんだから、結局、あなた専用のイスを買ってもらえと言う事になっちゃた、、、家族を呼びつけてわざわざ金を出させて、、、でもそのイスは施設で一番格好良くて一番綺麗で一番座り心地の良いイスでしたよ。

山中さんの本当の苦しみに気付けない連中が看護師になってるんだ。ナイチンゲールって人もそうだったんだと思うようになりました。

「私はねぇ骨がやわらかいんよ、、、だけんカルシウムを取りなさいっち先生に言われたんよ、だけん牛乳が欲しいんよ、、、」

夕方と、寝る前にナースステーションに来て良く言ってましたね。そこの老健ではおやつの時間に牛乳が来てコーヒーに混ぜて出します。そして沢山余ります。だから余った牛乳を迷わずあげました。おいしそうに満足そうにするあなたの姿が愛しかったです、、、、、、

でも、またそんな日々を壊す奴が現れました。

「山中さん太ったよなぁ、あまり太ったら身体に悪いけん牛乳あげるのやめよう」

何故、そうなるのか不思議でなりません。確かに喘息の持病は持っていました。太れば呼吸が苦しくなるし負担が掛かるでしょう、しかし僕には理解できません。太ったらナゼ悪いのか、それは個性ではないのか?その個性は病気があるからと言って、だから否定されるのか?

相撲取りのように太っている看護師が言うもんだから説得力がありません。。。お前が先に痩せろ!!

しかも太った理由は明白です。あれだけ食べなかったご飯を食べるようになったからです。あんなに、ご飯を食べなくてどうしようと困っていたくせに、ナゼ太ったのかを考えもせず、ただ牛乳を飲むからと、、、丸で僕と山中さんの関係を当て付けにしているかのようでした。。。

あれはヤキモチですよね。

山中さんは、いつも僕にべったりでした。朝に夕なに僕の側に来て話をしていました。

そこの施設ではフロアに1人見守り業務と言う業務がありました。黄色のタスキをかけ、お年寄りが危険な行為をしないか見守るのです。イスから立とうとするお年寄りを、ナゼ立ち上がるのかと言う有無も無いまま、危ないからと座らせます。向こうの方で段のある座敷に行こうとしたら走って行き連れ戻します。フロアの、一番お年寄りを見渡せる場所に立ちすくみ、その姿はまさに留置所から脱走する人を見つける監視人です。

見守り業務の最中に山中さんと話していると、リーダーがやって来て「話より業務をしなさい!!」と叱られた事がありました。。。。

こうやってお年寄りと話す事が仕事ではないのか?!

山中さんがどんな人で、何を望んでいて、どうして欲しいのか、、、それを知らない人、理解しようとしない人が介護福祉士でそこの施設の介護職員を束ねる人でした。。。

時にはあの太った看護婦が、「話してばかりで、あすこで原田さんが座敷に上がりよるよ!!見とかないと」

気付いているなら、あなたが僕の代わりに側に行けば良いではないか!!

こんな施設が日本中に山のようにあるのでしょうね。

で、山中さんに牛乳をあげる事が禁止になりました。

もちろん僕は納得が行かないので、山中さんに牛乳をあげました。

「マーさん、、、怒られるよ。。。山中さん、牛乳あげたら悪いんで。。。」

「牛乳を飲んで健康になったっち話は聞いた事がある。でも、牛乳を飲んで体が悪くなったとか聞いた事がねぇ!! この一杯で体が悪くなるもんか、太るもんか!!」

今の嫁さんにそう言った事がありました。。。

「マーさん、、、、牛乳はあげないでね。。。」

看護師長もそう行ってきましたが、無視をしてあげ続けました。そしたら、何人かの志ある職員はこっそり牛乳をあげてたよね。

人と関わる事。とことん向き合うこと。

これがどんな治療や薬よりも最も効果的だ、と山中さん、あなたは身を持って教えてくれたんだよ。

そして冬が来ました。

インフルエンザが流行してしまい、山中さんもインフルエンザにかかってしまいました。。。。

点滴を繋がれているのに、それを引き剥がして何度も起きるもんだから、血まみれです。吐きながらベッドから起きるから、服が台無しです。

その時、あなたの言った事が忘れられません。

あんたのせいや!! あんたが早く家に帰してくれんからこんな目に遭ったんや!!早く家に帰して!!

ゲロゲロと吐きながら僕に掴みかかってきました。

その一日後、、、熱が下がらず嘔吐も止まらない為、他の病院へ転院となった山中さん。

そして、僕が聞いた最後のセリフ。

転院して一ヵ月後。あなたが亡くなったと知らされました。肺炎をこじらせたそうです・・・・・・

山中さん。僕はあなたを護れませんでした。

そして今、又、山中さんのように、苦しみを味わっているお年寄りが僕の目の前に居ます。

もうねぇ、聞きたくないんだよ。

あなたが言ったようなセリフ二度と聞きたくないんだ………

あんたのせいや!!

なんて言われたくないんだ!!

言って欲しくねぇんだよ!!

護りたい!!

太ってるからダメだ!!何て言わせない!!

望む事をしてあげたい!!

こないだ今働いている施設の看護婦に、何でもかんでも言う事を聞いても、それがいつもお年寄りの為になるとは限らないんで、時々は突っぱねないと、アメとムチを使い分けないと。。。マチコさんは、リウマチが有るから太ったら立てなくなるんで、忍さんは骨折の既往があってまだ完全に治ってないけん、ポータブルに座らせる時に足をまた骨折するよ、可哀想やろ?  今、良くても将来を考えたらお年寄りが苦しむんで・・・・・・決められたルールは守らないと、あなただけがルールを破ってしてあげたい事をしても、私達はルールを守らないといけんけんしてあげれん、そしたら私達は「マーさんはしてくれのに、あんたはしてくれん」っち、悪者にされるんよ・・・・・・ここはあなたが作った施設や無いから決められたことは守らないと、勝手にしたらいけんよ・・・・

もし立てなくなったら僕が足になる!!

太ってるから、立てなくなる?それの何が悪い?今、十分立ったり座ったりと懸命にやっている。もしかしてそれは、私達看護師が太らないようにしているおかげだと言うのか?昼間、ポータブルに座っても良いのに夜がダメは納得がいかねぇ、夜トイレに行く回数は昼間ポータブルや車椅子に移乗する回数より遥かに少ないじゃないか、骨折するなら昼間の段階でしているよ、、、

喧嘩したよ。だけど分かってくれないんだ。。。リュウマチリュウマチリュウマチしか言わねぇ。マチコさんはリュウマチという名前じゃねぇ!!   骨折骨折骨折しか考えてねぇ。忍さんは骨折と懸命に戦いよん!!

アメとムチ?ナニそれ???偉そうに!!  俺達20代、30代、40代、50代の小僧小娘がアメとムチ?何様かよ!!

決められたルール?お年寄りの望む事をして何が悪い!!望む事をムシする事がルールならそんなルールくそ食らえ!!いつでも破ってやる!!ルールは僕らが作るんじゃない、お年寄りが作る!!

悪者になる?何様かよ?正義の味方になりたくてやってるんじゃねぇ!!ただお年寄りが長生きして良かったと思ってもらいたい、それだけだ。悪者になりたくなければてめぇも、お年寄りが何に苦しんで何をしてもらいたのか、自分達の意思を通す前に考えろや!!

自分が建てた施設やないから…施設長の為に介護するのかよ?!施設長が迷惑するから、どんなにお年寄りが望んでもそれは施設にとってリスクがあるのならしてはいけないのかよ?!じゃあ施設は何の為にあるのかよ?!家では介護が出来ない、と半ば家族から三行半を突きつけられて、それでも「しょうがないから」と諦めて施設にやってきて、その施設でも人生を諦めろと言われる、こんな事なら長生きする必要がないじゃないか!!施設はお年寄りから希望を奪う場所なのか!!残りあと僅かの人生を見つめる事さえもしようとはしないのか!!ただお金をむさぼり取れれば施設は満足なのか?!

いつか行き詰まるよ・・・そうその看護婦に言われたよ。

もう行き詰まったんだよ。山中さんの時に行き詰まったんだ。

70歳は若い方かもしれない。あと十年は生きるかもしれない。でも、お年寄りに来年は約束できない。将来なんて考えてる暇はない。

今なんだよ!!

今。今。今。今!!

その今がず~っと繋がって来年になるんだ。



病気ばかりを考えるんじゃないよ!!  その人を考えてくれよ!!

障害ばかりを見るんじゃないよ!!  その人を見てくれよ!!

本当の苦しみを知ろうとしてくれ!!

本当の悲しみを察そうとしてくれ!!

本当の喜びを探してくれ!!

本当の楽しみを、共に楽しんでくれ!!





山中さん。

あなたが居たから僕は道を歩む事ができています。あなたには何も出来なかった分を、今、他のお年寄りには沢山して上げれるよう、知恵を働かしています。失敗の方が多いけど、、、、

山中さん、どうか僕が歩むべき道を見失わず歩いていけるように見守って下さいね。

追伸。。。かつてこのブログの「脱帽」で登場した『K江』さんが亡くなりました。糖尿があるからとキツーク施設では食事制限がされた方です。ここで出た看護師から見ればまだ八十歳手前のまだ長生きするかもしれないお年寄りです、、、生きる希望を失い一度病院に行き戻ってきた『K江さん』は、胃ろうになり人形のように何も話さなくなってました。食事制限は長生きさせる為にやってたんじゃないのかよ!!結局、二年と経たずして死んでしまったじゃyないか!!それでも、私達は最善を尽くしたといえるのかよ!!死ぬ前の二年間、『K江さん』は上手いものが食えて満足して死んでいったのかよ!!本当に長生きして良かったと言えて死んでいったのかよ!!   悲しみが包んでいきます。老人介護、老人保健施設に対しての悲しみと怒りが胸に込みあがっていきます。僕は、また護れずにいます。。。

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