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2006年12月13日 (水)

想いをつなげ・・・

この間、深夜のドキュメンタリー番組(大分県では深夜だった)を見ていて想う事があった。

番組は、山口県の小さな島の訪問介護事業所の話。まだ、20代前半の若い二人の女性が、志を持って営んでいる、小さな事業所。。。(小さくはないか、、、)

この二人の想いは、おそらく日本中の行き詰った志のある介護士達の想いを代弁している、、、僕はそう感じて見ていた。まだ、若いのに大したものだ、頭が下がる。。。

何よりも表情が良かった。あの顔は本物だ。

あの顔をした人は、残念ながら僕の周りにはいない。殺伐とし鬼気迫っており、目の前のお年寄りよりも、いかに業務を早く終わらせるかに命をかける人々ばかり、、、他人の顔色を伺い、アラを探し、自分を守る事で精一杯の人々ばかり、、、

お年寄りは地獄の世界で、鬼のような形相の連中に介護をされる。。。

人間として、しっかりとした価値観と高い理想と熱い想いを持つ人の顔は、何と素晴らしい事か。

そして、

在宅介護に携わる人々の持つ情熱を、僕は知る。

生の最後まで、、、

最近では、家で亡くなるという人は少なくなってきている。自分の過ごしてきた家で人生を終える人は、今は、もう珍しくなってしまった。。。施設か病院で、人は死ぬ。

在宅に携わる人々は、介護が必要な人のその人本人の家で、その人の人生に触れ介護をしているのだ。

深い想いが生まれる。

最後まで側にいたいと願う。

もっと側で生きて欲しいと願う。

在宅介護の限界。。。

いつかは施設に引き継がなければいけない事があったりする現実に、彼女らは悔しさと無念さ。時には自分を責め、誰かを責めたであろう。

施設で働く者は、この想いを受け止めれるか?

自分の家で最後までと願う、家族と本人。その家族と本人を支援して来た人々の想い。

     色々としてきたのに、結局は施設へ…   

     その施設ではどう暮らしているか?

     その施設では、どう支援してくれているのか?

     下手なやり方をするぐらいなら、私達がしたい・・・

在宅で介護を支援する人々の持つ、ジレンマと深くて強い想いに触れた。

施設でお年寄りを介護する僕達は、この想いをしっかり受け止め繋げていかなくちゃならないんだ………

ホームページへ戻る=護るひと

2006年12月 8日 (金)

側へ

悲しみと絶望に浸る中で、誰も信じれなくなる。

目の前にいる老人が自分に見え、叫んでも届かない闇の中へ消えていく。

この世界で

僕は何もできないのだ。。。


ナースコール

何処の施設にも付いてるだろう。病院では、患者が看護師を呼ぶ為の道具であり、老人ホームでは、介護職員を呼ぶ為の道具だ。

ベッドの頭の上からぶら下がっているあれ。。。

あれを押せる人ってのは、老人ホームでは、手が動かせて、起き上がれて、まぁまぁ自分がどう言う状況にあるのか判断出来る人、つまり比較的元気なお年寄りがナースコールを押せる訳で、、、寝たきりの両腕マヒの方は、押したくても押せない。。。もちろん、絶対に元気な人、そんな人しか押せないと言うわけではない、、、、押せるから元気、押せないから元気って訳でもないのは、、、承知の事実です。

なので、施設ではコールを鳴らす人は少ない。もっと言えば、コールを押す人は誰かってのが、限定されているという事だ。

詰め所の中には、各居室の札が付いた掲示板が飾ってあって、コールが押されると、押された部屋の札の所のランプが点滅し、エリーゼのためにが流れたりして知らせてくれる仕組みになっている。

で、鳴らす人はだいたい限られているので、2、3ヶ月も働いて慣れてくると、一度コールが鳴ると、わざわざ掲示板を確認しなくてもコールが鳴った部屋に駆けつけて行くようになったりする。。。でも、時々は滅多にコールを押さない人が押したりするものだから、いつものように部屋に行くと、「呼んでないよ?」と、お年寄りに怪訝な表情をされるオイラ。。。勘頼りの介護をいまだにしています。。。大丈夫か?

最近では凄いもので、コールと連動したPHS電話(以下ピッチと略)があったりするのだ。ピッチは職員が携帯して施設を歩き回る。そして、コールが押されると、詰め所の掲示板に知らせるのと同時に、職員が携帯するピッチにも知らされるのだ。すごいねぇ!!

つまり、職員が何処に居ようとも、そのピッチを持っている奴が、コールが鳴った部屋の近くにいれば誰よりもすぐにお年寄りの側に行けると言う事だ。

ナースコールってのは、お年寄りが何かを必要としている時に職員を呼ぶ為の道具であり、PHSはコールが押された時に、その何かを必要としている人の所へ、すぐに行く為の道具である。と言うことだ。

お年寄りを優先しましょう。

って事だよね、このピッチの使い方ってのは、、、

『Tさん』

丸背の小さなお婆さん。力を入れると身体中がプルプルふるえて、しゃべる時もふるえるものだから、時々何を言ってる聞き取れない。最近では、老化が進んだのか腕も肩より上には上がらず、体操の時なんて、腕を回す運動とかすると、胸の前で肘より先が回っている状態、、、トイレに行く際、手すりを持って立ち上がってもらうけど、本人はお尻を浮かして懸命に立ったつもりでいるけど、お尻は車椅子についたまま、、、

そんな『Tさん』が、コールを押すのである。

実際にコールを押している姿を見た事は無いが、想像するにコールを押すだけでも冒険ものだろう。まず、コールを探さなきゃならない。ベッドに寝たままで、肩までも上がらずにいる腕を懸命に伸ばし、コールを探すのである。そう言えば、目は細目。瞼は開いているのか開いていないのか…そんな状況下で、やっとこさナースコールを探し当て、コールを押すのである。

良心ある介ゴ士なら、『Tさん』がベッドに寝た際はコールを手が届く位置に置くが、これが、何も考えてない奴が『Tさん』を寝せた時は大変だ。コールは肩よりも上の、頭のてっぺんにあったりする・・・

掃除の為に部屋を訪ねると、プルプルとふるえた声で「にいちゃ~ん」と呼ぶ声がする。声のするベッドを見ると、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていると言う事が何度もあった。。。こんな事が平気で起きるのが介護の世界だ。そして、これが何も考えてないだけでなく、意図的に行われているとしたら………

ずいぶん前だが、こんな言葉を聞いた。

「Tさんって、最近コール多くないですか?」

コールが多いのは悪い事なのか? と思い話を聞いていると

「夜もコールが鳴って困りません? 喋っても何を言ってるか分からんし、、、」

夜、コールが鳴ったら困るのか?  言葉が聞き取れないから困るのか?

「しかも、トイレに行きたいとか言う事ありません?オムツに出してって言うのに、何回もコール鳴らして、、、」

ウソだろー?!   

しかも聞き取れてるし。。。トイレに行きたいと立派な意思だって持ってるのに・・・

こんな事を言う人が、介護福祉士と言う資格を持ち、10年近くキャリアを積んでいたりするし、、、

「え?! トイレに連れてったらいけんの?!

思わず叫んじゃいましたよオイラ。

・・・ ・・・ ・・・

一同沈黙。

あ、引いちゃったのね。ゴメンゴメン。オイラの言った意味は分からんわなぁ、分かったらトイレに連れて行くもの、例えそれが夜でも、オムツをしていたとしても!!    俺は俺のやり方をする。

コールってのは使う人によってはまさに命綱だ。軽く見てはいけない。

確かに大変だよ。あっちに行ったと思えばこっちから鳴る。しかも行けば同じ人。キリがないよ。

でもそのコールは助けてくれって証じゃねーか!!  コール鳴らすだけでも、本当はすげぇ事なんだぞ!!  鳴らしたくても鳴らせねぇ、そんな人だっているんだ!!

『Tさん』よりコールが鳴る。

かけつけると、プルプルと震えている。

「トイレ…に行こうかと思って…」

トイレに連れて行っていると、職員から時々言われる事がある。。。

「さっき部屋に帰ってきたばかりですよ、、、」

「あ、そう、、、」

じゃけんどしたんか?  帰って来たばっかしやけん、寝せたばっかしやけん、後は起きたらいけんのか?!  起きたいと言っているのに起きる自由はお年寄りにはねーんか!?

だいたい、ちゃんと向き合わんけん、コールが増えるんやねぇんか?  何か問題が起きちょんけん、コールを押す訳なんやろ?  何か用事があるけんコールを押すんやろ? だったら、その起きちょん問題を解決すりゃあいいんやねぇーんか?  それが、俺達介護に携わる人間の使命やろうが?!

「いつもすまんなぁ…」

胸が疼く。

お年寄りはいつも自分を責めている。

老いる事で何も出来なくなる自分を責めている。

そんな事あってはならない。人間は誰だって年を取るのだ。老いてはいけないなんて事はない。老いると言う事は、そんなに悪い事でもない。

最近では特にこのコールに関してイラつく事が増えた。

『Tさん』よりコール。駆けつけるとプルプルと震えながら起きたいと訴える。そして、起こしている最中に、天井のマイクから他の職員の声がした。

「どーしましたかー?」

ピッチを通じて部屋のスピーカーから、職員の能天気な声がする。

     どうしましたか?

どうかしたけんコールを押したんじゃい!!  何を言っとるんじゃ?

もはや、PHSはその機能を失っていた。ただ鳴るだけ。。。

どうしましたか?と聞く前に何故、その部屋へ行かない?  

キリがないからか?

ピッチで話したら解決するからか?   老人の顔も見ずに?  それで事を済ませるつもりか?

俺には楽をしたいだけに見える。その為にPHSは、ナースコールはあるのか?

職員が楽をする為の道具なのか?

お年寄りのが置き去りにされない為の、老人の側へ行く為ではないのか…?

2006年12月 2日 (土)

心が折れる

もうダメだな。

介護の世界は欺瞞と横暴と綺麗事で満ちている。

皆、騙されるな。

奴らは悪魔だ。

ニコニコ 良い顔して 近づいてきて 何もかも台無しにするぞ、、、

    笑いながら    身体を縛るぞ

    笑いながら    命令するぞ

    笑いながら    暴言を吐くぞ

    笑いながら    無視するぞ

    笑いながら    ・・・

微笑みの下に隠れた悪魔の仮面。誰も気付かない。

私は悪人ですと言って近づく悪人はおらず

私は善人ですと言い近づくのが悪人。。。

介護の世界はそんな世界だ。

私はそうじゃない!!         そう言い切れるか?

生半可な気持ちで介護の世界に入れば

たちまち悪魔に魂を食べられてしまうぞ

僕は大丈夫!!            そう胸を張れるか?

悪魔は気付かない内に、お前の心を蝕んでいくのに。。。


またまた『Sさん』のお話。

2,3週間前、ふいにコップが欲しいと言い出した。いつも使っているコップじゃ悪いそうだ。

彼女は毎食時、自分の家から持ってきたコップでお茶を飲み、施設のコップを使ってお薬を飲む。お茶は自分のコップで、薬は施設のコップで、と分けてあるようだ。しかも、薬は氷水じゃなければダメである。

そんな頑ななコダワリを持つ『Sさん』が言うのである。

「気のどきぃ…(大分弁で気を遣って申し訳無いの意味)」

自分の都合でここのコップを使って薬を飲む事に、気兼ねをしているのだ。

胸が熱くなる。あの傲慢ぶりな人であっても気を遣うことがあるのか、、、何としおらしい事か。

「買いに行こう。病院の売店にあるから」

「いつ行く?」

「今から」

オイラは、ちょうど夜勤明け。だけど関係ねぇ。今やらねば、明日は買いに行けなくなるかもしれないじゃないか、、、

ユニットのリーダーにその旨を伝え了承を得ようとすると

「う~ん、コップは売店にあったかなぁ・・・」

と、あまり良い反応をしなかった。

思えばこの時から暗雲が漂っていたのかもしれない。俺はこの時、関係なく行けば良かった。。。

「Sさん、コップが売店にあるか聞いておくから待ってくれんね」

とユニットリーダーが言った。

「マーさん。後はしておくから今日は帰っていいですよ」

僕に気を使ってかユニットリーダーは言ってくれた。ユニットリーダーも夜勤明けであったが、ちょうど売店に行く用事があるそうで確かめてくれる事らしい。。。

俺が行かなくても大丈夫なんだろうか?と不安がよぎった。でも、『Sさん』の雰囲気では売店に連れってくれるなら誰でも良いと言う感じだったので、ここは任せて帰路についた。

早く帰りたかった。十何時間も施設に拘束され、夜通し施設の端から端まで走り回って、ヘロヘロだ。キツイ。

そんな自分が可愛かったから、他の人に任せたのだ。後から思えば怠慢の何でもない。俺は、何だかんだ言いながら、お年寄りを置き去りにしたのだ。誰かがしてくれ、と言う言い訳を作ったに過ぎない。そして、これから大変な事になるとも知らずに、、、自分の身体をイタワル事しか頭になかったのだ、、、、

帰宅して暫くしてから、ユニットリーダーから、コップは売店にあったので他の職員に、コップを買いに行って貰う事を頼んだと言う報告を受けた。

ユニットリーダーが行ってくれるんじゃ無かったんだ。。。少し不満だったが、ユニットリーダーも夜勤明けなのだ、売店まで確認しに行ってくれた。自分は家に帰り着いてゆっくりしているのに、この人を責められない。



そして、次の出勤日。

『Sさん』よりコップはいつ買いに行くのか?と聞かれた。

どういう事か?  行ったのじゃないのか?

ユニットリーダーに聞いてみると、他のユニットリーダーに頼んだのけれど・・・

無責任な発言・・・だが俺には何も言う資格は無い。。。

それで、もう一人のユニットリーダーに、コップはどうなったのかを聞いてみる。

「ご家族に頼んだんですけど・・・まだ、買ってきてくれてないんですか?」

オイオイ~!!   買いに行きたいって言ってるのに何で家族が出てくんのよ?伝達不足か? 

『Sさん』は、入所してから今の今まで、三度の食事と風呂以外は部屋から出てこなかった。レクに誘っても、おやつに誘っても、「行かん!!」と言っていたのに。。。

それが、自分から何かをしたいと、わざわざ向こうから言ってきてくれたのではないか。何かを発信してくれたではないか!

以前、外出ドライブを企画したが、行かないと拒否をし外に出なかった。絶好のチャンスではないか?!引っ張り出す良い機会じゃないか!!外に出ると言う事は、日常の生活では必要不可欠だ。ほんの少しでもいい、ちょっと外の空気に触れるだけでもいい。施設の中ばかりでは、息がつまる。暑いのか寒いのか、晴れてるのか雨なのか、、、、閉じ篭ってしまう生活は、何かをしたいと言う気持ちさえ失い、果ては何の為に生きているのか分からなくなってしまうではないか、、、ささいな刺激が外にあるのだ。

これは俺の責任だ。あの時、帰らなければ、、、そんな後悔・・・

そして『Sさん外出作戦』を俺は練る事にする。何が何でも外に出す!!

オイラの出勤日は………うーん、どのオイラの出勤日も職員の人数が少ない、困った。ちょっとユニットリーダーに相談しよう。

家族にコップを買ってきてもらうことを頼んでしまった困ったチャンがうちの一番のトップ。彼女が、勤務表を作り人員を管理している訳で。。。若いのに御苦労なこった。普通は、もっと上が勤務表とか人員管理するんでねぇの?例えば師長とか?まぁ、現場に一つも足を運んでこない師長が人員管理とかしてもねぇ・・・とにかく一番の責任者が現場に出ないってのは問題だよ?!いつも何してんだ?事務所に行けばいるけど、、、管理職ってのは大変なんだろうね。でも、それだけ給料貰ってるって事は現場管理兼重要書類とかの作成だとかの師長業務をしろってことだろ?それを、一日中、事務室ってのはどーなん?

「外出はいいけど、職員の人数が多い日がいいですねぇ・・」

(分かっちょん。だけん相談しよんのやねーか!!ほんと困ったチャンやのー)

困ったチャンが悩んだ挙句、提案した日は、オイラの出勤日かつ職員の人数はかなり確保された良好な日。だが、日付は12月半ば、、、遅い。しかも寒い。他の職員で『Sさん』が納得するのであれば、もっと前の日に前倒しが効くが、オイラじゃないと「行かん!!」とキレられた。

結局。。。

「じゃあ、この休みの日に出て来てもいい?」

「え?!   でもボランティアになりますよ」

「うん。それでもいいけん」

「それでいいなら、構いませんが、、、」

交渉成立!!☆   胸が躍るぜ。

その後、師長に企画書を提出しに事務所に行くと、休みではなく出勤扱いで出てきなさいと、嬉しい事を言ってもらえた。この師長、事務室に篭ってはいるが話が分かるじゃん☆と見直したが。     この人の顔の下には悪魔の顔がある事を、俺はまだ知らずに、、、

俺はこの世界がどうにも救われない腐った地獄の世界だと、今更ながらに痛感する事になる。老人は、どんなに叫んでも救われないのだ。

当日。

休みが午後からの出勤となる。前日には、「やっぱり行かん」と言う『Sさん』を、シーツを換え御機嫌を取りながら、何とか「行く」と言わせ帰路につく。そして、おそらく明日も外出に行く前は「行かん!!」と言い困らされるんだろうな、それをどう納得させるかワクワクしながら眠りに就いた。

早朝

施設から電話が掛かって来た。困ったチャンユニットリーダーからだった。『Sさん』が行かないといってるそうだと言う事である。

しばらく考え込んでいると。。。

「行かない!!って一点張りなんです。あの様子だと行かないんじゃないかなぁ」

「そうですか。。。今日は辞めておこうか。次回のチャンスを、、、」

そう言って電話を切ったが、悶々とする。

  いいのか?   それでいいのか?

  Sさんは、待ってるんじゃないのか?

  他の職員が行くと勘違いしてるんじゃないのか?

  本当にこのままでいのか?

  次はあるのか?!

「今から行ってもいい?」

再び施設に電話して言うと

「あー、さっき師長に伝えたんです。そしたら、もういいって言われました。そんなに振り回されたら仕事にならないし、そこまでする必要は無いって言われましたよ。それに、施設から出てもらうみたいですよ。昨日も面会に来ていた家族と揉めたし、これ以上は置けないって話になったみたいですから、、、なので、今日は休んでいいですよ」

言葉を失った。

愕然とする事態に、俺は自分の無力さと、介護士としての空しさに襲われる。そして、この時ほどこの世界を憎んだ事はなかった。

俺は分かって欲しかった。何故、休みの日にまで出て行こうとしたのか。そこまでやる必要が何故あるのか。考えて欲しかった。言葉で語って伝わる事と、どんなに熱く語っても届かない事がある。だから、俺は偉そうだが見せようと思った。

『Sさん』を通して介護の持つ役割は何かを伝えたかった。老人の持つ深い深い苦しみは、時間配分で定められた業務では、救えない。そんな枠に入りきれないやり方こそ大事なのだ、と伝えたかった。

この間、NHKで高口光子氏が言った言葉、胸に響き渡る。あなた と言う個人を大切にして欲しいと。十羽一からげの集団ではなく、『Sさん』と言う個人こそが大事なのだ。俺は『Sさん』と言う「あなた」の為に何かをしようとし、それがどれだけ重要かを伝えたかった。

この施設に俺は居れない。

「あなた」を大事にしてはいけないのだ。お年寄りは都合良く、黙って施設の言う事を聞かなければいけないと、言うのだ。

トラブルはつき物だ。人と人が、あの狭い施設の中で生活をしているのである。不自由な事ばかりで、満たされない人ばかりが居る中で、多かれ衝突は起きる。それは、施設に入っていない我々だって起こすのだから。。。

それを解決せず放り出す施設に僕はなじめない。そう言うものだなんて割り切れない。それは、最も簡単で最も残酷な解決方法だ。そんなやり方をして、介護保険という血税を取っているなんて詐欺の何でもないではないか!!

『Sさん』も苦しんでいる

『Sさん』に暴言を吐かれた家族も苦しんでいる

両方救えない。胸を張って老健ですなんて看板なんて張れない。そんな所で私は介護福祉士です!!何てとてもじゃないが名乗れない。

同じ事が日本中のそこら中で起きている。

何人もの志のある人々が、それではダメだ!!と日本中を駆け回っている。でも、それに耳を傾け足を止め、何とかしようと思う人は少ない。

介護は闇だ

信念も何も無いものは闇に取り込まれる

たとえ持っていたとしても、巨大な闇の中に飲み込まれて行くだけなのだ

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