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2006年11月26日 (日)

相関

介護ってのはキリがない。

自分自身が満たされるって事は無いような気がする。

こうしたい。 あーしたい。

こうしてあげたい。 あーしてあげたい。

こうして欲しい。 あーして欲しい。

その全てが達成されないと、満足ができない。

     俺は何をしているのか

荒涼とした砂漠の中に立ち、喉を乾かしながら行く当てを失ったも同然だ。


『Sさん』

強烈な個性を放つおばあ様である。入所当日は、息子と口論、、、こちら側が色々と話しかければ  「もういい!!」とキレ、、、少しでも居室の物を触ろうものなら、元の場所に同じような向きで戻せと、口うるさく言い、、、

前の施設では手に負えず出されたと、いわくつきのお年寄り。

近づく者を寄せ付けない。

僕はこの問題と扱われるお年寄りが好きだ。

こちら側の都合には何が何でも抵抗し、自分の道を生きようとする姿が愛おしい。

そして、突きつけられるのだ。

   お前はどうなんだ?

介ゴする側のギマンを見透かすようにして、こちら側がどうするかを探って来る。

僕らの専門職としての質を、そして、何よりも人間としての質を問いかけられるのだ。



施設に入るお年寄りの中に、好き好んでやって来る人はいない。

老い、と言うどうしようも無い現実の中で、何かを諦めてやって来る。

     しょうがない・・・

お年寄りは、施設に入る時、多くのしょうがないで、多くを諦めるのだ。

  体が思うように動かない === しょうがない

  一人で生活がしたいけど === しょうがない

  トイレに行きたいのに === しょうがない

  etc…    しょうがない

そして、施設に入れば施設の都合が待っている。そして、施設の都合により、もっと多くのしょうがないが増えて行くのだ。

消灯の時間が決められ、起きる時間も決められ、使えるティッシュの量も、、、あれはダメ、これもダメ

  しょうがない、、、

もはや、拠り所は無くそこは地獄だ。

お年寄りは、希望の灯を消し何もかも諦める。それは、ダンボールに詰め込まれたミカンのようである。

ただ、居るだけ………

  あの人は文句も何も言わなくて、自立していて、こっちが何もしなくていいから・・・

そんな人は、老人ホームへ来ない。。。

老人の心に潜む想いに気付いているか?       



そんな中で異彩を放つ『Sさん』

施設側の都合にはならない。思い通りになるものか!!と言う姿が、光輝いて見える。

とにかく心は開いてくれない。自分の都合に合わない事には、鬼のようにキレる。

私を救ってくれ!!

僕にはそう聞こえる。

老いるのは怖い。何もかも失ってしまいそうで、今にも死にそうなのだ。

生きたい!! もっともっと生きたい!! どうにかしてくれ!!

彼女がキレる度に、僕にはそう聞こえる。。。

やってやるさ!! 老人の為なら何だってしてやる。目の前にいるのは自分の親や、もしかすれば果ての自分かもしれない。。。手に負えないから腫れ物を触るようにして、火の粉が掛からないように遠ざかって眺めている訳にはいかない。

初めは大変だった。風呂では毎回の様にキレられた。それでもメゲずにハイ!ハイ!と従って『Sさん』の言う通りした。その甲斐あって今では 

「またお風呂に入れてな」

とキュートな言葉をもらえるようになった。

シーツ交換も大変だった。初めてのシーツ交換。キレて嫌がるのをなだめ何とか換えさせて貰う事に成功。しかし、傍らに居り監視はされているが、、、シワが寄っていると、何度伸ばしても「シワを伸ばせ」と言われる。ベッドが少しでも動くと「動かすな」と言われる。壁にピッタリとベッドをくっつけても「隙間がある」と言われる。とにかく、何度も何度もやり換えさせられる、、、いびりか?   やっとこさ本人に納得してもらって終了。一つのシーツに20分や30分かかったシーツ交換は初めてだ。勉強になりました、、、しかし、その甲斐あってか 「また、シーツ換えてな」とキュートなお言葉をもらえた日にゃぁ、天にも昇った気分になりまさぁ

このシーツに関しては、小さな問題が起きてしまう。

初めてのシーツ交換後から次の週の事だった。他の職員が『Sさん』の部屋へシーツを換えにやってきた。この職員は以前のブログで『Kさん』と言うお年寄りがトイレに行きたいと言っているのに、行かせなかった悪人だ。(悪人は酷い言い草だけれども、、、)いつも世話しなく動いていて、業務をこなす事に頭を働かせ、職員の顔色を伺ってばかり。だから何か仕事をしている最中にお年寄りから何かを頼まれると「もう!!」と、キレる小娘だ。「もう!!」とキレても何だかんだお年寄りの用事を済ませるなら、可愛げもあり憎めないが、この小娘はほったらかし、、、自分の仕事を優先させてしまう。丸でお年寄りの用事は、自分の仕事の支障になり、その事で自分の仕事が疎かになってしまって、後で他の誰かに色々言われるのが嫌なようである。。。

いつか機会があれば、この小娘に俺がキレるだろう!!

最悪な事に、この小娘が『Sさん』の部屋にシーツを換えに行ったのである。

「もう!!」 すぐに聞こえた。 「できんっちゃ!!」と小娘が『Sさん』にキレる。

オイラは、遅出だったのでシーツは彼女に任せてみた。ここは、彼女にとっても正念場だ。上手くいけば転機になる。そう思って見守る事に。。。キレるのは悪い事ではない。対等な証拠だ。お年寄りと対等になってこそ、介ゴと言う仕事に向き合っていけるのだから。。。

『Sさん』は、「やれ!!」とキレる。ここでしっかり向き合えば、大成功だが、、、

小娘はキレている『Sさん』を無視し、さっさと自分の都合に合わせてシーツを換えるとその部屋を後にしてしまった…

 コールの連発が始まる。

誰が行ってもシーツを換えろの一点張り。そして、換えたからと誰も取り合わない職員。

「もう換えたよ」  「これ以上できん」  「我侭ばっかり」

悲しい言葉が鳴り響く。

年取りは我侭を言ってはダメなのか?!

Sさん」の部屋へ行くと、シーツを換えろ!!と言われた。傍らにいた他の職員より、もう換えたんですけど、、、と言われる。

「あ、そうなんだ」

「マーさん、どうにかしてくださいよ言う事聞いてくれないんです・・・

小娘が、目を吊り上げて言ってきた。。。

  フン       思わず鼻で笑った。

自分と向き合ってもくれない人間の言う事なぞ、誰が聞くものか。しかも、二十代前半の小娘の言う事を聞くほど『Sさん』は落ちぶれちゃいない。

小娘が見ている前で、換えたばかりのシーツをはぎ、一からシーツを換え始める。後ろに居た小娘はいつの間にか、そこから居なくなっていた。。。

逃げるんじゃねぇ!!

向こうから、せっかく何とかしてくれと、コミュニケーションを取りに来てくれたんじゃねーか!!お前に、何とかしろ!!と言って来てくれたんじゃねーか!!

何故、断ち切る!!そんな奴が介護福祉士だと名乗っている、、、お年寄りと接する仕事の人間が、接する事を避けて何が介護の専門だ!!給料貰ってんじゃねぇ!!資格手当て貰ってんじゃねぇーよ!!

何の為の資格なんだよ!!  名乗るだけならこんな資格いらねぇ!!

その後は

あーじゃねぇ、こーじゃねぇ   とキレられやっと終了。オイラは、遅出で今から胃ろうの準備やら、何やらとせんといけんのに、、、ま、いっか。誰かやってくれるだろう。それがチームワーク☆

と、呑気なオイラだが。ここは、そんな悠長な施設じゃないんだな。自分がしなきゃいけない決められた仕事を、他の誰かがすると、自分がしなくちゃいけない仕事、決められた仕事をサボっていると思われちゃう、きびしー施設なんですよ、はっはっは☆☆☆

  マーさんは。。。なーんてそう言われちゃう今日この頃。片腹痛し。

その後、『Sさん』のシーツはオイラが専属で換える事となってしまった。いっさい他の職員へやらせなくなった。夜勤明けでヘロヘロであろうが、入浴当番であろうが、関係なく呼び出される。嬉しい限りだ。他の連中には出来ない事だ。ざまぁみろ!!

三好春樹氏が、関係障害論と言うのを唱えている。オイラは馬鹿で理解力があんましないから良く分からないけど、この事なのかな?と、『Sさん』を通して何となくそう感じた。違うかもしれないが、、、三好先生が言いたいのはもっと深いことかもしれないが、、、

関係のあり方で、お年寄りは絶望に陥り、又、希望を持つ。僕らはどんな関係をお年寄りと築けばいいのか?

『Sさん』は、その後も沢山の問題を僕らにぶつけて来てくれた。他のお年寄りを馬鹿にする事、面会に来た家族を罵る事、、、一つ一つ解決して行くしかない。本気でケンカをしてしまった事もある。してはならないが『Sさん』に僕もキレた事がある、、、それでも、逃げちゃダメだと思う。しっかり向き合わなければ、お年寄りの心に触れられない。

最近では、朝、僕の顔を見ると嬉しそうな顔をして「あ、お兄さんが来たー♪」と言っってくれるようにまでなった。

2006年11月16日 (木)

あーもう!!

ほんと、このくそこころぐ!!

けっこう書いたで!!

原稿に換算したら、十枚はくだらんくらい書き留めたに!!

消えた!!

消えた!!

き・え・た!!

時間返せ!!

バーカ!

アーホ!!

こころぐ!!なんかつぶれろ!!

む、むなしい

2006年11月 6日 (月)

ハンマーパンチを持てるか?

馬鹿たれ!!

時々、仕事をしていて心の中で叫んでしまう。。。

何故?どーして?

自分の事は棚に上げてるのかもしれないが、職員を見ていて思う。

お年寄りが望んでいる事を、何故、しよーとしないのか?

耳に聞こえてくる、容赦の無い責め台詞。。。

「さっき行ったのに、、、」

「またか」

「それはできん」

「ダメ!!」

お年寄りは理由も無く、自分の想いを踏みにじられ絶望の世界へ、、、しかも、介護の専門職から誘われて行くのだ。。。

介護にキャリアは、関係ない。もちろん、経験年数ってのは必要でしょう。でも、無駄なキャリアは、積んで欲しくない。どんなに知識があろうとも、どんなに優秀な技術を持とうとも、どんだけ長い年月その仕事に就いていようとも、そこに真髄があるかどうか!!

プロとは、そーではないか?


チューブゼロ作戦を叫んで、随分と月日が経ったと感じる。みんな凄いもので、それから何とか口から食べようと、試み始めてくれた。意外な反応に嬉しさがこみ上げてくる。

しかし、一抹の不安がある。

現状は、たまたまチューブをしなくて済んでいる状況ではないのか?

確かに皆、食べない方に対してチューブを安易に使わなくなったが、今は、単に食べているに過ぎない。こーやったから食べるようになったとか、こう言う方法でチューブが取れたと言う、根拠がないのだ。

これが、また、食べなくなったら?と考えると少し不安になる。。。

『Aさん』は、今まで鼻からチューブを入れられていた方だ。左は完全マヒ、右は肘から下がちょっと、上下に動くだけ。伸びもしなければ曲がるのもやっと、、、拘縮と言う奴。。車椅子に座れるし、座る姿勢もまずまず、ちょっと後ろに傾いたり斜めになったりするけれど、、、

鼻にチューブは入ってるのに、ご飯は毎食上がって来る。調子の良い時は、口から食べれるが、ほとんどが鼻からの流動食だった。

とある、写真がある。

『Aさん』がレクレーションに出ている写真。僕が、この施設に入る前の写真。その時はチューブは入ってない。楽しそうに笑っている写真だ。。。この時は、口から食べていたのだろうと、察する。

なのに、いつからか鼻からご飯を食べるようになってしまった。。。可哀想に。。。地獄だ…職員は、疑問も感じず鼻に管を入れられるのを黙って見ていたのか?ご飯を食べなくなった要因すら考えず、ご飯を食べなければ栄養が足りないから、管から栄養を取り組む方法しか思い浮かべれない看護婦の言いなりとなったのか? 『Aさん』は、拘縮もあってホンとは自分の手で管を抜きたいのに抜けれなかった、かもしれないのに、それを『Aさん』自身が嫌がってないと勘違いしたか?

誰も、チューブを抜こう!!と思わなかったのか?!

何とかして口から食べてもらおうと、工夫を凝らしている時、時間が掛かっているのを見兼ねて「流動行きますから」と、言われた日にゃあ、お前が飲め!!と切れそうになりました。。。

家族だけではないか?口から食べて欲しいと願った人は…だから、毎食、チューブでもあるに関わらずご飯が厨房から上がって来ていたし、ベッドの枕元に毎食毎の食事摂取量を記入する用紙が置かれていたのではないか?口から昔のように食べて欲しい。昔のように元気になって欲しい。そう願っているのではないか?

チューブゼロを訴えた次の日から、『Aさん』の鼻からチューブが抜けた。これは、驚くべき出来事だ。でも、それは、車椅子かベッドか何かに『Aさん』を移している最中に、弾みで抜けたという事らしい、、、抜こう!!と言う意思で抜けた訳ではない。そして、そこにチューブゼロがたまたま重なったて降って下りたのだ、、、それを証拠に、鼻からチューブが抜けてから、三日もしない内にまた鼻へチューブが入っていた。

それから暫く、たまたま抜けてまた入れると言うのが繰り返される事となった。

ダメか。。。俺はどーすべきか?

「マーさん。。。」

ある日、一人の職員に声を掛けられた。空調のフィルターを掃除をしている時だった。声を掛けてきたのは、顔の彫りの濃い、やや東南アジア系の顔立ちをしている男性職員だった。彼は、いつも帰りたい帰りたいと、更衣室や休憩室で嘆いている職員だ。お年寄りの事は好きそうではあるが、そこまで真剣に介護を考えてはいない。いわゆる、やっつけ仕事をやっている、あまり関心はしない奴だ。顔の彫りが深いので彼を『彫り夫』と呼ぶ事にしている。または、サッカー日本代表の我那覇選手に似ているので、『我那覇』でもいいだろう。。。

その『彫り夫』が、一緒にフィルターの掃除をしている最中に切り出したのである。

「俺、思ったんですけど。Aさんなんですけど、、、」

『彫り夫』は、『Aさん』の担当で、チューブゼロをケアプランでやってはどうかと言うのである。入れたり外したり曖昧なやり方ではダメじゃないか?と言うのである。これには、頭が下がったし恐れ入った、あの『彫り夫』がこんな事を言うなんて、、、

チューブゼロを言い出した時、『Aさん』のチューブを抜くぞと、『彫り夫』に言った時に彼は

「抜けますかねぇ」

と否定的、消極的だった。。。のに、、、俺より考えてるじゃないか!!

そうなのだ、ケアプランでやれば、せっかく外れたのをまた入れられることも無いじゃないか!!『彫り夫』が救世主に見えた瞬間だった。そして、オイラの思いは弾ける。一人では無理だ、仲間が必要だ。やる気があろうが無かろうが、まずは巻き込んでいくしかない。チームを作る!!

そう急に閃いて、介護のリーダーと看護師のリーダー、『彫り夫」と俺でチームを作る事に。看護師は、初めは否定的だったが、何かあった時に出てくればいいからと、説得しまずチューブは入れない事の約束を取り付けることに成功。。。その日から、『Aさん』の鼻にはチューブが入らなくなった!!

『彫り夫』の手柄だ!!素晴らしい!!



そして、またしばらく日々が過ぎる、、、

新たな問題発生!!これには、頭を抱えてしまった。

俺が言いたい事を分かってない連中の登場。。。

「もういらん」

『Aさん』は、ご飯を食べる事を拒否しだしたのだ。。。

「食べないと、また管が入っちゃうよ」

「あんた食べよ」と『Aさん』

「Aさんが、食べないと。口から食べないとダメよ」

なだめ、すかし、何とか食べてもらう。。。しかし、何かが違う!!そうじゃねーんだ。

人によっては、泣き叫んで食べたくないと言っているのに、躍起になって口から食べさせようとする職員が出てきたのだ、、、

チューブゼロは、何の為にあるのか?それを理解していないのだ…

     口から食べなければならない

     チューブを入れてはいけない

そして、口から食べさせない職員は悪い職員だ、、、そんな風に思っている輩が出てきたのだ。。。

『Aさん』が何故、口から食べる事を辞めたのか。あの写真に写っていた笑顔が何故消えたのか、ここにその訳があったのだ!!

ばかたれ!!

チューブゼロは、そう言うことではないんだよ。それじゃあ、チューブをしてる時と同じじゃないか。口から食べながら苦しみを味わうのなら、食べない方がいい。。。そうやって、老人は生きる事を諦めるのだ。

やらされるから、行うのと、

何の為にやるか分かってやるのとは、大違い。。。

そして、殆どがやらされるからで、やっている。。。

これは、大問題だ!!

行き詰った。。。

チューブゼロと息巻いた。しかし、それがお年寄りを苦しめている。馬鹿やろうは、俺だ。怒鳴るのは簡単だ!!そんなやり方しかできない連中を責めるのも簡単だ。でも、そんな連中にどーするっかて話。。。

そいつらと戦い、そして目を醒ませさせなきゃならない。たかがチューブゼロって思ってる奴に、真髄は何かって事を掴ませるのだ。でなきゃ、たとえ怒鳴ったり責めたりしても、同じ過ちが他のケースで続くのだから。。。

チューブゼロから、介護を見直す必要がある。

それは、大きな戦いの始まりか?

中には、10年近く経験を積んだ人だっている。初めてこの世界に足を踏み入れた人だっている。このままでいいんだって思っている奴だって、どーでも良いと思っている奴だっているのだ。。。

握り締める拳を、俺はまた握ったまま諦めるのか?

奥歯で、何度苦虫を噛み潰したのか?

もう嫌だ!!

俺はやらなきゃならない扉をこじ開けたんだ。自分が言い出したんだ。ケツは自分で拭く。だってお年寄りは、懸命に生きてるぜ!!苦しみながら、泣き叫びながら、それでもご飯を食ってる。。。

俺は護るひとだ!!

2006年11月 5日 (日)

伝導

老健では、毎年、老健大会なるものがあります。施設での取り組みを発表し、他の施設へ紹介するのです。僕は、一度だけ行った事があります。

基本的に、この手の発表会だとか講習会だとかは、キライ。

何故なら、これは僕の感じだが、この発表の為にケアを考えてる所があるからです。老健大会があるから、どーする?

じゃあこれやってみようか。。。

今までやってきた事からしないのかよ?!ってな訳です。もちろん、それが悪い訳ではないけれど、しないよりは良いけれど、違うくね?

それで、テーマを決めて、例えば、オムツ外しをやり始めるわけです。発表の為にやるのです。これが、おかしいからだとか、これが良いからやっているのではなくて、どこか他の施設に見せるのだから、何か特別な事をしないと、、、笑われてしまう。。。

ってな感じです。

そんな発表会に行って、何を得られるのか。。。休みを削られかり出されます。為になるのなら、喜んで行きます。無駄な時間を費やすくらいなら。。。

それが理由で行きません。それともう一つは、勤務の都合でもあります。老健大会がある日は、ほとんどが日勤業務。内心、行かなくていいので喜んでいました。だって時間内に終わらせろ!!と息巻く先輩達は、勉強になるからと老健大会に行くのだものこんな幸せはありません。トイレに行きたい人を連れて行ける。ふだんならその人はさっき行ったから連れて行かなくて良い!!と叱られます。ジーちゃんは泣きそうな目で、見つめるのです。こんな苦しみはありません。もちろん、詰め所の掃除や、洗濯場の掃除なんてしません。そんな時間はないですもの、帰りたいと言うお年寄りを外に連れ出したり、ご飯を炊かなければと言うお婆さんを、詰め所に入ってもらい水道でコップを洗ってもらったり、それはそれは色んな事ができるから、、、

老人達をないがしろにしている人達が、喜んで行く所が老健大会だと、ずーっと思っています。それは、何年働いてもその感じは変わりません。

そして、次の日叱られます。詰め所が汚い!!一日何をしていたのか!!ほんとに、あんたは、何度言ってもできないんだから、介護福祉士の資格をもってるんでしょ、色んな事をしないといけないの!!

そんな人が、介護のリーダーをしていました。雑務業務こそ介護の仕事だ!!とその方は思っていらっしゃるようで、お年寄りの訴えを聞くことは、仕事ではないようでした。そりゃそうでしょう、お年寄り50人の一人一人を相手にしたいたのでは、掃除は終わらないし、一日あっても足りません。早く帰りたいしね。。。

お年寄りは帰る場所さえもないのに、、、

そんな人たちは、老健大会が終わって帰ると、すっきりした顔で言います。

「うちでは、出来んよ。あの施設やけんできるんよ」

「あれをうちの施設でできるんやったら、やってみるといい、できるわけないから」

老健大会。大分県の僕が勤めていた職場だけが、こんな感じならいいのですが、、、

一度だけ、行った老健大会では、暗がりの中、スクリーンに色々な取り組みが発表されて行きます。発表者は、決められた時間内に、原稿を読まなくてはなりません。おそらく、伝えたい事の半分も伝えられないでしょう。

大会とたいそうな名が付くくらいだから、発表の題材は、大きな取り組みです。施設を上げての取り組み。それを、たかだか何分かの間に伝えろって方が、無茶があるのだけれど、、、

僕には、ほとんど伝わりませんでした。

関心があるのは、自分たちの施設の出番の時だけ、中身よりも失敗をしないかどうか、それだけが心配です。他の施設の取り組みなんか、興味も湧きません。もちろん、中には心を魅かれるものもあるのだけれど、あの短い時間に、どれだけ人の心を惹きつけれるのか、、、

どこか別の世界のお話のようで、自分達も取り組める所があれば、、、と言う。感じは微塵も感じない、、、その場かぎりの発表会に思えてしょうがないのです、、、

発表なんかするより、見学すればいいのに。

うちは、こう言うことやってます。どうぞ、見学に来てください!!

興味があることならば来るでしょう。行くでしょう。その日の為に作られたものではないから、説得力もあるし何より質が分かるのだもの。。。

そーいや、今度、来年の老健大会のテーマをどーするかって、言ってたなぁ。。。

幾つか候補の中に、チューブゼロが入ってた。。。

待ってくれ、まだ、完全じゃないんだ。今のまま出しても笑われるだけや。チューブゼロの意図を分かってない職員がいる中で、発表しても効果はないんですよ!!自分達ができてないのに、発表して何になるのか、言われたからやっている奴らがやるケアを出して、誰がそれは良い、うちもやってみようと思うのか!!

チューブゼロは、ただ口から食えばいいってもんじゃないのです。僕が言いたいのはそーじゃなくて、そこからいまやってる介護の在り方を考えませんか?ってメッセージなのよ!!

簡単に聞こえてる奴がいるかもしれんけど、実は、やるべき事が一杯あるんだぞー。分かってるかー?

2006年11月 1日 (水)

拳を振り上げろ!!

自問自答を繰り返している。



眠れない日があったりする。

自分のやり方は、正しいのか?

お年寄りの為と言いながら、苦しみを提供しているのではないのか?

あーすれば良かった、あんな事しなければ良かった、もっと他にあったのではないか、

自分のエゴ。。。

そのせいで、他の職員はキツイ思いをしてるのではないか?

皆を振り回してるのではないか?

自分が白い目で見られるのは構わない。でも、そのせいで年寄り達へもシワ寄せが来てるのではないか?

悔恨と、変な気遣いで時々、胸が苦しくなる。。。

もう辞めよう、、、幾度と無くそこへ行き着いてしまう。

弱音ばかりが、最近、増えた。


先月だったか、先々月だったか、、、

本当なら、ここにすぐに書き留めておかなければならない事柄だったのに、自分の都合で今になってしまった。。。

とても、大事な事なのにいつだったか忘れてしまうとは、、、情けない…

会議の時、

これからの自分達が仕事をしていく上での取り組みたい事を挙げよ。

と言われた。

目的を持って仕事をしましょうと言う事だ。

目的をいちいち言わなけりゃならん事に首を傾げる。だって、僕達の仕事は目の前にいるジーちゃんバーちゃんに、何をするかって話だもの。やることはおのずと出てくるでしょうよ?!  

と、内心馬鹿馬鹿しい思いはしたが、

施設で働いていると、これが以外にみんな何をしたいのかって考えていなかったりする。。。

手に職をつけたっかたから。

やることがなかったから。

介護はこれからの仕事だから。

人の役にたちたいから。

理由はそれぞれみんなあって介護の仕事に就くけれど、肝心の核心がスケスケだったりする。だから働き出すと、どーしていいか分からず言われるがままであったり、取りあえずやっとく?みたいなやっつけであったり、、、勤務時間が終わるまで働けばいい、、、となってしまう。

もちろん、みな、始めは何かをしたいとは思っている。(そー信じたい)が、その何かが分からないから、と言うか掴めないから、何の為に働いてるか分からなくなってしまうのではないか?

だから、漠然と働いて日々の時間を過ごすよりも、目的があれば働くのも少しは楽しくなるだろう、有意義になるだろう、と言う事だ。

当たらずも遠からず。これを言い出したリーダーは、よく思いついたものだと思う。俺だったら思いもつかないことだけれど…

みんな、ジーちゃんバーちゃんの事を考えてくれよ。

しかし、この目的発表で職員の意識が分かる。面白いものだ。

老人に近いか、遠いかがこの発表ですぐに分かる。老人に近い人は、老人にスポット当てた目的を発表する。

「レクレーションを充実させたい」

「音楽が好きな方がいるので、演奏会が出来るようにしたい」

老人に遠い職員は、老人が出てこない。

「詰め所の整理整頓」

「仕事に抜けがないかのチェック」

お年寄りにどーしたいのかを決める目的なのに、それが出てこない。大丈夫か?と思ってしまう。こんな職員ほど、粗を探しが好きだったりするから、やっかいだ。

「マーさんは、詰め所の掃除をしない。。。」

「オシボリをたたむのは、私ばかり。マーさんは。。。」

やれやれ。。。詰め所の掃除なんかしたことない。家でも掃除なんてしないし、

やり方ワカリマセーン。分かる人がしてください、、、

オシボリをたたむのは、Yさんが上手いって事を知ってるのか?俺はあんたが居ない時、Yさんとやってるんだぜ?もちろん、その情報を伝えない俺も悪いが、Yさんがオシボリたたんでる姿を見た事がある職員だっているんだから、そいつらは何やってんだ?!って感じだが、、、

で、オイラは、、、

ダメで元々だし、どーせならこの機会にちょっと言ってみるか?と思い立つ。

かねてより私の通うこの施設。口にご飯やお茶が入らなくなると、すぐに経管チューブを入れてしまうのだ。。。

「お水飲まないと、鼻にクダ入れちゃうよ」

「ご飯食べないと、クダだらけになっちゃうよ」

これを介護と呼べるか?

以前、このブログでも登場した事のある『Kさん』

この方は、滅多に自己主張もせず、日々、外を眺めている。食事もお茶もムラがあって、よく食べる日もあれば、食べない日もある。食べない日は、すぐに車を動かしてお部屋に行く。滅多に自分から動かない人がだ、、、よほど食べたくないのだと察する。

とある、看護師。自称、お年寄りの事を思って厳しい事を言うのだと豪語している方。自分のやり方をしていれば、間違いが無いのだから言う事を聞いておけタイプ。オイラに似ている。

部屋へ帰ろうとする『Kさん』の車椅子のハンドルを、むんずと掴んで引っ張り戻し、自慢のキーキー声で叫ぶ。

「Kさん、食べないと管行きよ!!クダ入れられたくないでしょ! 痛いのいやでしょ!!Kさんが、ご飯食べてくれたら、わたしもそんな意地悪しなくてすむから、食べてよ!」

それでも、『Kさん』は、帰ります。。。

Kさん!!ご飯たべなさーい!!

これは介護でも、お年寄りの為を思ってのことでもない。ただの

脅迫・拷問だ!!

それで、ご飯やお水も飲ませて、お年寄りの命を救った。と勘違いし満足している。。。あげく、本当に管を入れてしまう始末。

いくら母体が救急のある脳外科病院だからって、口から食べれて、食べたくないと言う立派な意思も意識もはっきりしている人に、鼻からチューブをいれるか?!

『Kさん』は、見事、そのすぐ後にチューブを引っこ抜いてしまったが、、、

おかしい

なので、この会議の際に言ってみた。

「僕の目標は、チューブゼロです」

口から食べるのは当たり前、みんなでやりませんか?と言ってみた。

どうせ引かれるのだ。開き直ってこの際だから、言いたい事を言ってやれ、、、それで、少しでも波紋が広がれば、俺もこの施設も一歩、いや半歩前進。



「そうですね、、、、チューブに頼るのは良くないですよね」

以外に反応が良かった。

「食べれそうですよね」

………

俺が引いた。。。

言ってみるもんだな。と思った。

大きなプロジェクトになる。(なるのか?)

当たり前の事をするのに、沢山の連中と戦う事になりそう。やれやれ、人の営みを取り戻すのに、多大な苦労を要するなんて、おかしな世界だ介護の世界は。。。

しかし、嬉しい事に次の日から皆できるだけ口から食べれる人は食べようって、頑張ってくれている。

少し…かなりびっくり。何だ、みんなもおかしいと思ってたんじゃん☆

後は、俺次第だなと思う。皆の今の想いが枯れてしまわないように、道をこじ開けてみせるぜ!!

そーいやぁ、このチューブ外しを叫んだのと同じ時期に、どっかの病院で、鼻から管を入れられたお年寄りが、管を入れる際に管が肺に突き刺さって死亡したってニュースが流れた。。。

くそったれ!!

同じ事がこれからも起こるのか?!

無力さが背中に圧し掛かる。。。

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