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2006年10月28日 (土)

介護に必要な理念

久しぶりのブログです。

この度、私はケアマネージャー試験を受けるべく、約二ヶ月近く猛勉強を致しました。。。

傍から見ると、

そんなにしてない…去年よりやる気が感じられない…(お嫁さんいわく)

らしいですが、私なりに真剣に取り組みました。

日々の仕事の苦しみや悲しみを胸に秘め、試験に受かるべく頑張ったつもりであります。。。思えば、長い月日で御座いました。

仕事から帰れば、身も心もボロボロ。それでも、鞭打ち勉強に励むオイラ。なんとなげかわしいことか…。おりしも、今年は介護保険の法改正。制度がまるっきり変わってしまい、現場が大混乱するほどです。試験内容だって、難しくなります。

あぁ、分からないことだらけ、、、

もう嫌だ。。。

何度、挫けそうになったことか。

くそったれ!!

何度、自分の境遇を呪った事か。

それはそれはツラーイ日々でした。。。

しかも、試験の三日前に風邪を引く始末。もはや、事態は絶望的です。最後の追い込みの時間を、風邪との格闘に費やし、、、試験を迎えました。

もはや、結果は神のみぞ知る。。。

結果よりも、晴れて開放されたのが何よりも嬉しくて、今を迎えております。


日本は最早、世界でも有数の高齢化の社会である。周りを見渡せば、老人、老人、老人。

そして、これからも老人は増え続ける。

老人が入所する施設に限れば、50人、100人が入っている所がざらだ。最近では、小規模化なるものが叫ばれてはいるが、それはまだ極僅か。。。

そこに働く職員は、、、

法律では、三人に1人の人員配置となってはいるが、実際は夜勤や当直、休み等を勘案すると、老人100人に対し職員は多くても12人前後。職員1人に対して、老人10人を見ると言う想像を絶する世界、、、と言う訳だ。

手を休める暇も無く、足を止めるヒマも無く、職員は走り続ける。

西側の廊下の一番端の部屋でオムツを換えていると、東側の一番端の部屋からコールが鳴る。その部屋に行く途中の食堂でお年寄りに用事を頼まれ、家に帰りたいと叫ぶ老人の対応をしなければならず、誕生日会等の行事の企画や準備もしなければならず、場合によっては職員の詰め所の掃除などの、老人に関する事以外の雑用業務だって待っている。

それを規定の時間内で終わらせなければならない。

家では、愛する夫や愛しい子供が待っていて、早く帰らなければ………

介護に携わる職員はいつも何かに追われイラついている。

そして、行き着く先は、、、



人間は弱い生き物だ。

自分が追い詰められればその矛先は、自分より弱い者へと移って行く。

介護の場合は、その弱い者が目の前にいるのだ。

腰が曲がり満足に立てないお婆ちゃん。何らかの病気で患った、マヒを持つお爺さん。ここが何処だか分からない恍惚とした老人。

介護職員の悲鳴は、目の前の老人へ怒りとなって飛んで行く。

「ちょっと待って」 「またコール」 「もう」

「そこに座ってて」 「歩いたらダメ」 「何で今頃トイレに行くの」

「もう知らない」 「何度も呼ばないで」 「私の言う事を聞きなさい」

老人は、罪も無いのに叱られ追い詰められ、生きる希望を失っていく。

年を取るのがそんなに悪いのか。。。情けない。ポックリ逝きたい…

介護の世界は過酷だ。

自分自身を崩壊させる。そして、その事に気付かないまま過ぎて行く。

効率的に、合理的に、

介護の世界は必然的にそうなった、、、

より効率的に仕事をこなして行く為に、時間を決めた。

トイレに連れて行く時間。この時間に連れて行けば、おしっこがうんこが出ようが関係ない。だから、この時間以外のトイレは認められず、トイレに行きたいと言う年寄りは、「何でさっき行かないの!!」と怒鳴られる。。。

オムツを換える時間を作った。だから、ご飯の時に出ていようが関係ない。臭いがするのに平気で食堂に連れて行かれる。気持ち悪くてしょうがないから、ご飯を食べないがそれを言葉に表せない老人は、むりやり口に食事を詰め込まれ、挙句の果ては食べないからと、チューブを鼻から入れられてしまった。

風呂に入る時間。1人7分と決められている。物体を洗う作業場と化した浴室は、最早風呂とは言えない。入りたくなかろうが、ゆっくり入りたかろうが関係ない。

食事をする時間を作った。飲み込みの悪い人の嚥下を待っていたら。ぼさっとしてないで下善しろとどやされた。その人は、食べないから後からしろ。。。ご飯は冷たく冷めてしまった・・・

お婆ちゃんの訴えを聞く為に、立ち止まって聞いて居たら。痴呆があるからいちいち聞いててもキリがない。それより詰め所の掃除をしろと叱られた。

etc・・・

置き去りにされる老人。



人の援助をすると言うことは時間を見て動く事なのか。

決められた業務ばかりをすることなのか。

尊厳を持って働きなさい。

施設長もリーダーもそう言う。

老人の世話を業務と言う形にして、それが組織と言うものと、したり顔している連中!!

それが尊厳か?!

それが介護か?!

いつの間にか、職員の顔色ばかりを気にする職員が増えた。

他の職員の粗探しをする職員ばかり。

自分が、時間どうり動けなく、他の職員から叱られたり、白い目で見られたりするのは、お年寄りのせいだと思う、職員ばかり。。。

何故こんな事になったのか。誰が悪いのか?

=それを整備しない連中だ=

本当か?それのせいにしていいのか?だから置き去りにするのか?

自分自身をタナに上げて・・・

ホンとの問題は介護に従事する者達にあるんじゃないのか?

今までの介護は何かのせい誰かのせいにして、目の前の老人から逃げていたんじゃないのか?

自分自身を守りたいが為に。

自分自身の仕事ぶりを省みる事をせず。

誰かが変えると、思ってきたんじゃないか?!

もしそうなら。

介護の専門職なんていらない!!

専門の施設もいらない!!

介護が専門職であるために必要な事を考えなくちゃ!!

苦しみを抱える老人とその家族を援助するのだ。

法律が整備され、人手が足りてれば全てが上手く行く訳がない。

量でも形でもない、それ以上の何かが必要だ!!

そして、それは待っていても現れない。

自分達の手で作り出し育んでいかなきゃならない。。。

お年寄りが置き去りにされない為に。。。

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