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2006年8月16日 (水)

怒り収まらず。。。

とにかく、衝撃的な事件が起きてから、腹の虫がおさまらない。。。

何が腹立つかって、昨日のブログに書いたが、人間は弱いものだから、とかそう言うことを述べて、自己防衛してる連中が居たりする事に腹が立つ。

なんだそれ?

何を期待して介護の仕事に就いたんだ?

楽そうに見えたかね。

実際、働いたら、ありえねぇーから、人間的余裕を無くしてしまったかね。

あげく人間だもの、、、

冗談は止めてくれ。

誰かのせいになんてするんじゃねー!!

自分が変われよ。

おかしいと思うことがあったらなら、変えようとしろよ。

人員、少ねーさ。

給料だってなけなし。

そんなのも、理由だってのかよ、、、

だったら、人が多くて楽できる所で働けっつーの。

お金もっとくれる所で働けよ。

今は、その現状でどうするかって話だろ?

あれが悪い、これが悪い、誰が悪い、

自分は悪くねーのか?!

俺が知ってる志のある、向上心もあり、尊敬のできる介護人達は、そう言う、苦しみといつも戦ってる。人間だからって言う、どーしょうもできねぇ自分の弱さと戦いながら、それでも、なお、なんとかしようと、戦ってる。

そんな人は特別か?

そんな人達だけしかできねーのか?

馬鹿言ってんじゃねぇー。

自分もそういう風になりてぇって、何で思わないんだよ?

確かに、出来る事って限られてるかもしれねぇ、

拳を振り上げるのだって一苦労だよ。でも、そんなもん、理由になんねぇ。

他人がどうだとか、関係ねぇ。

目の前に誰がいるんだよ。

ジーちゃんやバーちゃんじゃねーのか?

今、自分に助けを求めてるのは、すぐ目の前にいるお年寄りのはずだぜ?!

それなのに、知らん振りなんてできるのかよ?

介護の世界はおかしい!!

狂ってる。

それでも、こんな世界にいながらも、お年寄りは、「ありがたや」って、言ってくれる。

2006年8月15日 (火)

偽善的で、綺麗ごと、、、

人のお世話をすると言うことは、非常にキツイ。

世のため人のために貢献できる仕事。やりがいあって素敵だ。

実際、足を踏み入れたら、、、

とんでもない、正直、いい顔なんてできない。。。。

もういい。みんな、そうだから。

私はキリスト様じゃないよ。

仏様でもない。

ナイチンゲールでもない。

そんなにできるかってーの。。。。

トップが教えてくれないもの。先輩だって、やりたいほーだい、やってるじゃない。どーせ、施設長だって煙たがってるんだから、、、だいたい、しっかり教育しないから、こんな事思うし、やってらんないって思うんだもの。

家族だって、自分が見れないから他人に押し付けちゃってるんだし、家族ができない事を私達ができるかってーの、、、家族の変わりに私達が面倒みてるんだから、大目に見てもらわないと割りに合わないんだから。。。

ほんと、よくやるよ。

優しくないとできないね。私は、あんなに優しくないから、できないよ。当たり前じゃん人間だもの。

きつい事は嫌じゃん。報われないし。私が頑張った所で、世間が良くなるわけじゃないし。。。人間が人間の世話するんだもの、できない所があって当然。むかつくし。腹だって立つんだから、それが人間ってものでしょ。

て言うか、みんなホントに誰かのため?とか思ってやってんの?

思わないって、だって自分のためじゃないんだよ、出来る人が信じられねー。。。偽善だね、きっと。偉いよ。ご苦労さんだよ。

はぁ、また、あのじーさん、あんなとこでションベンしてるよ。

またぁ、、、何回コール鳴らしたら気が済むんだろか?

しょがないね、私がしなくちゃならないんでしょ、、、


夜勤。

お盆外泊があって、施設はなんだかひっそり。夕食後いつもの、風船バレーの面子が足りない。。。しずかな、寂しい夕食後。。。

家に帰った人は、今頃どんな生活をしているのだろう?束の間ではあるが、自分の家族と過ごせる時間は、有意義に使えただろうか?愛しいご主人に会えただろうか?会いたかった奥さんに会えただろうか?

その反面、何らかの事情で家に帰れない方だっている。その人達の心情を想うと、胸が痛い。もちろん家族の想いさえも、、、

そして黄昏ている暇もない。



今日は、嫌いな夜勤。いくら、施設内にお年寄りが少なくても、油断はできないのだ。

夕食後、一段落した時だった。

「Mさん」の部屋からコール。東側の一番奥の部屋の方だ。詰め所から最も遠い部屋。。。

最近、この方は、良くコールを鳴らす。対応の為、部屋に行くと

「あ、マー課長」

、、、かちょう?、、、なんだそれ???

「課長、私は、ここにいますから。お願いします。」

「どうぞ、どうぞ」と僕。そして、部屋を後にする。

そして、

再び「Mさん」の部屋よりコール。

「私はここに居ていいんですよね、課長?」

、、、「居ていいですよ。どーしたんですか?何か心配事でも?」と僕

「いえ、私の部屋だからここにいてもいいかどうか知りたいんです」

「Mさん、安心してごゆっくりしてください。車椅子だとキツイかもしれんから、ベッドに横にでもなりませんか?」と僕。

「いや、まだ早いから、このままでいいです。ほんなら、マー課長、たのんます」

食後、車椅子を自走し、自分の部屋に帰った後、数分おきにコールを押す事が多くなった「Mさん」 今日もそうだった。部屋に帰った後、1人ではベッドに上がれない為、援助を必要としているのかと思ったがそうではないようだし、トイレに行きたいと言う訳でもなかった。どーしたいのか、さっぱり見当がつかない、、、困ったなぁ。どうすべ?と考えていると、詰め所の前に設置されたソファーに「Gさん」が腰掛けている。認知症の方で帰宅願望が強い。すでに、「帰りたい」と言い始めている。

さて、どうすべ?

「おにいちゃん」

と「Gさん」   「あたしゃ帰りたいんじゃけど・・・」

「え、、、あー、しまったGさん、、、ほんっとにごめん。今日は、ここに泊まってくれと、家の人に言われておったのを、伝えるの忘れとった、、、」

「そりゃ困る。家に連絡しておくれ。帰るけん」

う、、、さすが年の功。こんな子供だましな方法では通用せんか、、、

「そうやなぁ、家に連絡しょう。えーっと息子さんの名前は、N夫さんやったけ?」

「そうそう。よーく知っちょるねぇ。塾の先生をしよるんよ」

「へー、そうかい。その塾の先生に連絡しよう。やけど、すぐ来るかな?」

「そーやなぁ、日も落ちたし、N夫も忙しいから来れんじゃろーなぁ、おにいちゃんどうしょっか」

「ここに泊まったらどうね?明日、電話してみればいいし。」

「あー、ありがたい。そうしょう。しかし、あんた、良くN夫を知ってたねぇ。塾の先生をしてるんよ。だからN夫に電話してくれんやろか?」

・・・・

しばらく同じ事の繰り返し・・・

何とかかんとか話を反らし、お部屋で添い寝をしながら話をしていると、スースーと寝息を立て始めた。。。

そうこうしていると、おむつ交換の時間。それが終わって一息つこうと思ったら、「Mさん」の部屋よりコールが、、、

「眠りたいんですが」

ベッドに移乗し就床。そして、部屋を後にするとすぐに「Mさん」よりコール。

「課長、寝ます。」

・・・・

「ごゆっくり。。。」

その後も、「Mさん」のコールが鳴る。

「電気をもう少し暗くしてください」「電気をもう少し明るくしてください」「電気を消してください」「課長、ねます」「暑いから毛布を着せないで下さい」「寒いので、お願いします」「あついなぁ」「課長、ねますから」

、、、

その都度、対応。寝苦しいからなのかと思い、体位を変えてみたり、トイレの声かけをしてみたり、ギャッジアップしたりギャッジダウンしたり、下敷きで仰いでみたり、、、

「もういいです。課長。寝ます」

それから「Mさん」のコールは止んだ。。。けど、しっくりこねぇ、何が原因だ?何か足りないなぁと、消化不良。。

と、忘れていた。「N助さん」をトイレ誘導しなきゃ。

「N助さん」の部屋にいくと、

「おうっ!!」と威勢のいい挨拶。見るとベッドの上に胡坐をかいて座っている。ちょっぴり嫌な予感。。。トイレの声かけをし誘導しようとすると、ベッドの上が濡れている。しかも、本人は、下半身を霰のない姿に・・・

むぐううう

もう少し早く来れば、、、

「今晩はあれじゃあな+‘*F@?Wg」

何を言っているかわからんし。。。良く見ると、ベッド柵がはめられて、降りれないようにしてるし、、、

くそ。柵をしてたらトイレに行けれんやねーか!!

「N助さん」をトイレに連れて行った後、しっかりと柵を外した俺。。。(全く、何で柵なんか!!

それから暫く、しーんと静まり返った時間となる。時計の音がやけに大きく聞こえる。

そして、二回目のおむつ交換。一人、三人と変えて行く途中、じょろじょろじょろーと、何かを流す音が、、、

お部屋の片隅に「Y子さん」が、、、

見ると、洗濯物を入れるバケツの中に、お小水を。。。便所が分からんかったな、すまねぇ、、、もっと早くトイレの声かけをしに来ればよかった、、、ゴメン・・・

そんなハプニングと遭遇し「Aさん」のオムツを換えようとした時、トイレに行きたいと「Aさん」

マジかよ。オイラがここの老健に勤め始めて、初めて聞いたよその言葉!!嬉しいねぇ。よし、トイレに行くぞい!!

。。。

ポータブルトイレが、現在他の利用者さんが使用中で、余りがねぇし、、、

なんだよー。。。トイレ行けねーのかよ、、、

「いいよ、オムツにするから、、」

お年寄りに気を遣われるし、、、

「そっか、じゃオムツで、、、」

馬鹿ヤロー、諦めてんじゃねー!!

と後ろ頭の方から声が。。。

何言ってんだ、オムツでいいんだよ!!

同じく声が、、、、

(うるせー、、、今考え中じゃ。いらんことしゃしゃり出てくんな、俺!!)

「Aさん、トイレに行こう」

やってやるよ。トイレに行きたいって、初めて言ってくれたんだぜ、その想いは無駄にできねーよ。何とかかんとかトイレに連れて行けた、ちょっと手間どった。トランスとトイレ誘導の仕方を再勉強しなきゃ。。。

で、「Mさん」からコール・・・

「またかよ、、、」 でも、コールは無視できねぇ。またかもしれねぇ、でも、嫌になっちゃいけねぇ、コールを押すと言う事は、助けを必要としてる証だ。たかがコールかもしれねぇ、でも、そのコールに必死の思いを掛けてるお年寄りがいるんだ。めんどくせぇかもしれねぇ、何でもない用事かもしれねぇ、そこまでしなくてもいいかもしれねぇ、でも、それを言ってしまったら、介護者なんて必要ねぇ。

「課長、起きます」

「まだ、夜中だよ。。。いいの?」

「夜中ですか、、、でも、起きます。」

そうか、、、

起きたい理由が分からない。その理由が分からないから、起きたらいけんのか?そんな馬鹿なことはないよな、、、起きたいんだから、、、

「Mさん」を起こす。トイレに誘導すると、おしっこが出た。トイレに行きたかったからかな?

でも、その後も「Mさん」は、眠らずに起きたままだった、、、しばらく詰め所にて対応。お茶を差し出すが、あまり飲まなかった。

そうだ「N助さん」の所に行かなきゃ。。。どうやら、放尿されずに済んだ。排尿パターンがなかなか掴めない。こんど、一晩中、部屋の前で観察してみるか?でも、お年寄りは「N助さん」だけやないし、、、そんな理由で、「N助さん」の放尿を改善する策を見つけれないのは、悔しい。。。

あ、、夜が明けてきた。綺麗な朝焼け。何か忙しかったなぁ。。。。



とまぁ。介護の世界は過酷です。時に、倫理観ですら失いかけます。しょうがねよなって、なっちやうもんです。人間ですもの。限界がある。できる方がおかしいし、それをやろうって言う方は何だか綺麗事じゃないですか?偽善ですよ。

だって、苦しいし、楽したいんだもの。にんげんだからね、、、それが、、、



ふざけんじゃねー!!

なんだよそれ。。。

人間だからって、、、

じゃあ誰がするんだよ。家族は、老人は、諦めろってのかよ、、、それなりの事さえできてたら、満足してろってか?満足いかねぇから、頼るんじゃねのか?何とかして欲しいから、助けを求めるんじゃねーのか?

俺は納得がいかねぇ。

確かに聖人君主じゃねーさ、血の通った人間さ。怒りもあれば弱みだってあるよ、できないことだってそりゃ数え切れないぐらいある、もういいよって思うよ。ここまでだって決め付けたくなるよ、でもやらなきゃ!!

僕達介護職員がしなきゃならんのだろ?

地獄の世界なんだよ、介護ってのは。その世界の人々が、救いを待ってる。それを人間だからって理由で、できないのかよ?だったら、こんな世界なんていらねぇ!!専門家だっていらないじゃねーか!!収容所みたいな所に入って、生きる希望もへったくれもない世界になってしまえばいい。

俺は嫌だ!!

そんなのおかしい。

確かに、キツイよ。綺麗事ばかりじゃ済まされないよ。でも、だからってそれを人間だからできないし、出来ないのが当たり前だって言ってる方こそ偽善的で、綺麗事だ!!

都合良いいよそんなの!!

そんな風に思うなら、何故、この世界を選んだんだ?

他にも、仕事はあるだろ?

人間だからとか、簡単に簡単に言うんじゃねぇ!!

2006年8月11日 (金)

綺麗な事を歌う前に

高齢化が叫ばれて久しい。そして百歳も珍しくなくなった今、、、超高齢化が目の前に近づいてきている。。。

そして、その現象に比例するかに様にして、その高齢化を支えるシステムができ、一つの産業として成り立ち始める。。。

介護産業。。。

それに携わる人間も増えたと言う事だ。

なのに、苦しむ人間は以前として減らないのは何故だ?介護と言う誰もが直面する緊急の事態にそなえ国は整備したのじゃないのか?それを見込んで色々と策を練ったのではないのか?

なのに、家族は、老人は、いつ終わると知らない地獄の苦しみの中でのた打ち回っている。

大げさに聞こえるだろうか?

想像して欲しい。

今、自分が何らかの不測の事態で、満足に歩けなくなったとしたら…

そんな風になる訳ないと、胸を張って言えれるか?

介護に直面する家族や本人も、自分が介護が必要になる状態になる訳ないと、思っていたはずだ、、、

どうする?自分が介護を受けなければならなくなった、、、トイレに行きたい。でも、歩けない。。。オムツにしますか?

誰にオムツを換えてもらいますか?

彼氏?旦那?両親?

お腹が減った。。。でも自分では満足に作れない、、、どうする?

出前でも頼みますか?お金は?誰が玄関まで払いに行きますか?側に誰も居ないのに、、、

あなたの大切な人が、トイレに行けなくなりました、どうしますか?

オムツにしたはいいけど換えれますか?毎日、毎日、毎日、毎日毎日毎日、、、、時に、予想以上の出来事だってあるでしょう、、、毎日、毎日、毎日それでも文句を言わずに換えれますか?

ご飯を食べさせなければ、、、

毎日、毎日、毎日毎日毎日、、、、休む間もなく襲ってくる非日常の、過酷な現状に耐えれるのでしょうか?

耐えています。介護と向き合いながら、殆どの人が葛藤をしながら死に物狂いで耐えています。何故なら愛する人だからです。目の前にいるのは自分の父や母」であり、夫や妻だからです。何とか以前のような元気な姿に戻って欲しいと、天にもすがる想いで、日々を乗り越えている事でしょう。。。

介護の専門家達は、どこまでこれを理解しているか?

しょせん自分の身内ではありません。そこまではできない、、、、

そんなくそったれがいるのです。トイレに行きたくても行けれない老人を見下す、くそがいるのです。自分だってお尻から臭いのするうんこを出すのに、老人のそれは汚く毒と思う、クソ野郎がいるのです。職員の都合よく動かない老人を痛めつける、外道がいるのです。

死んでしまいたい・・・

見下され、この世の悪のように扱われる老人は、当然こう思うでしょう。ただでさえ、不自由な自分は、老人でなくても生きる気力をなくすはずです。。。しかし、老人は死にません。

何故か?

自ら命を絶つ勇気がないから?ボケてしまい死ぬ為の行為を忘れてしまうから?そんな単純な理由じゃないのでは、ないのだろうか?もちろん、それも背景にはあるでしょう、でも、もっと深い大きな理由が存在している気がしてなりません。

生きてたら何か良い事が待っているんじゃないか?

そんな気持ちが、今にも消え入りそうな老人の生を、かろうじて支えているのではないのだろうか?

だとしたら、介護の専門家のやることは一つ。

その、今にも消え入りそうな、、生きる希望の灯火を消してはならんと言う事ではないか?

生きてて良かったと思わせなきゃならんのじゃないか?

東京の老人ホームで起きた事件は、他でも起きていると思っていい。あれは、一部が溢れた形であって、今も苦しみにあえぐ老人が存在する。

介護の、医学の、看護学の、どの教科書を見ても、まず初めに書かれていることは、人間を尊重しなさいと、抽象的に書かれている。そして、おそらく、それ程多くの時間をかけて講義されないのが実情ではないだろうか?

対人援助において最も必要不可欠な事柄を、おなざりにしてきている専門家達。ふんぞり返って何も出来ない老人を見て、殿様気取りの専門家達。

欺瞞に満ちたこの世界が憎くて溜まらない、、、

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