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2006年7月10日 (月)

やらねばならないこと

酷い世界だと、つくづく思う。

専門職とは名ばかりの、なんちゃっての連中。

でも、もしかしたら、自分もそうなのかもしれない。

介護の人間が目指す専門性ってなんだろうか?

オムツの当て方が誰よりも上手い事か?綺麗に当てれる事か?

何曜日の何時から何時までにと、時間を決め、機械の風呂に寝たまま入れる事か?

決められた事を、毎日、繰り返し、こうしたいと願う人間の当たり前の要望を、施設だからできません、介護保険にはないからできませんと、割り切って制限し制約する事か?

僕達は、介護は作業をインプットされた作業マシーンなのか?


今から一週間前ぐらいの出来事だった。夜勤をしている時の話。もしかしたら、僕のやってる事は、おかしいのかもしれない。普通では考えられない事なのかもしれない。でも、やってしまうのだ。やらなきゃいられないんだ。

いつ死んでもいい・・・どーせお前は何もできないのだろう・・・

そんな風に言われてるみたいで、絶望に満ちた目で見られるのだ。怖くて怖くてしょうがない。



左足を骨折し、ギプスで足を固定している「Kさん」。骨折は治癒してはいるが、何故かギプスは取れずにいる。ギプスがあるから、車椅子に座る時も何だかぎこちない。。。取ってはダメなのか聞いたら、ダメだそうである、、、それ以上は何も言わないでいたが。。。

そして、その夜勤の日。と言うよりも夜勤明けの朝方である。起床後、早出で出てきた職員が「Kさん」を起こした後の出来事だった。。

「Kさん」は、ほとんど自分から車椅子を動かすと言う事をしない方である。でも、時々自分で動かして移動する時もあるのだが、それは、何か自分でしたい事がある時である。(当たり前の話なんだけど、、、)たいがいが、お部屋に戻りたい時に、滅多に動かさない車椅子を、座りにくいが為に、運転しにくい車椅子を懸命に動かして行く、、、

「Kさん、何処に行ってるの?」

ふいに早出の職員が言っているのを耳にした。珍しく車椅子を運転してるではありませんか!!起きたばかりだし、まだ眠たいのかな?と僕は思ってその早出の職員が行う事を、傍らか息を潜ませて見ていました。

「トイレに行きたいんやけど。。。」

これまた、滅多に自己主張をしてくれない「Kさん」が、傍から見ている僕にまで聞こえる声で喋ってるではないですか!! それだけで嬉しさがこみ上げるオイラ。毎日、そーやって言ってくれないだろうか。。。

「あ、そう」

………

え。

えぇー

そんだけ・・・

その職員は、一言だけ残し、いそいそと他のお年寄りを起こしに行ってしまいました。

取り残された「Kさん」は、懸命に車椅子を動かし、やっとの事でトイレの手前に到着。。。すると、早出の職員がやって来て、、、

「Kさん、ご飯来るから席に着いて」

車椅子の向きを変えられ、早出の職員に連れられて席に戻されて行く「Kさん」。

それでも、「Kさん」は諦めません。再び、車椅子を運転しトイレへ目指して行きます。



Kさん、ご飯が来るって!!」

「トイレに行きたい」

滅多に声を出す事のない方が、声を出してまで伝えようとしている。なけなしの勇気を振り絞っているではないか。。。

何もしてくれないから、私は声を出すのをあきらめたのよ

地獄の世界からの無言のメッセージに、僕はいつも怯えている。そんな顔しないで欲しい。そんな目で僕を見ないで欲しい。

ポータブルトイレを持って、「Kさん」の部屋に設置。そして、「Kさん」を連れてお部屋へ行く。そして、ベッドへ一旦寝てもらってオムツを外し、ポータブルへ座ってもらう。

(ばーちゃん、便所に行くぞ)



足にはギプスをしていて、満足に立てない。。。

じゃあトイレに行ったらいけんのか!!

そんな事はないだろう?俺は間違ってるか?

間違ってるかもしれん。でも、今の俺にはこのやり方しか思いつかん。目の前でバーちゃんがトイレに行きたいと願ってる。リハビリの先生みたいに、上手く人体の機能は使いこなしきれん、医者のように立たせて上げれるような治療も俺はできん。でも、トイレにぐらいなら、行かせきれるかもしれんやねーか。

ポータブルトイレに、うんことおしっこが、しっかりと出されているのが、嬉しかった。

「Kさん、お疲れさん」

再びベッドに寝てもらい、オムツを着ける。また、トイレに行きたいと言ってくれないだろうか?この、オムツを外せる日が早く訪れて欲しい。本当なら、今すぐやらないといかんのだろうが、僕はそこまで勇気がない。拳を振り上げる勇気があったなら、こんなに毎日陰鬱な日々を過ごしはしないだろう。。。

ありがとう

背筋に電気が走る瞬間が、愛しい。



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2006年7月 4日 (火)

介護の世界の横暴

前にも書いたが、このココログでの介護のブログは、ほとんどが自宅で介護をなさっている家族のブログだ。そしてそこには、当事者でしか分からない想像を絶する世界が繰り広げられている。その世界にずかずかと足を踏み入れてしまった自分に自己嫌悪を感じ、もう一度自分の介護の価値観と、意義を見直そうと思った。

そして、他の介護の仕事に現在就いている方々のブログなり、ホームページを探す事に。。。

今日、たった今。その作業をしていて、悲しくなった。

介護の世界は、偏狭で陰鬱な世界から脱却できるのだろうか?

あるブログで衝撃を負った。そして、僕は傷付いた。お年寄りを選り好みする介護の職員がいると言う事、利用者のクレームを我侭だと受け取ってしまう事、クレームが出ると言う事は自らの行いが悪いのに、何らその事に疑問を感ぜずクレームを言う側が悪いと思っている事、クレームを言う人間がいなくなったら、嬉しかったと違う喜びを感じている事、その方が戻ってきたら嫌だと感じている事、そのブログを書いている人だけでなく、その人と共に働いている人が、平然と利用者を選別している事、問題をその場限りにしてしまうトップがいるいう事、、、

とにかく読んでいて腹が立った。できるなら、そのブログに思いつく限りの暴言で、罵倒してやりたいとさえ思った。ここに、そのブログを載せて志のある他の介護に携わる人々に晒してやりたいと思った。介護に苦しむ人々の気持ちを理解できないのだろうか?地獄の来るしみを味わいながらも、懸命に向き合う人々の想いが分からないのだろうか?

なぜ…。なぜ、そんな人間が介護の仕事をしているのだろうか?

今日探したのは、もしかしたらほんの一握りの連中だろう。それ以上に、向上心と志と情熱のある介護職員は五万といる筈だ。だが、僕はその一握りが許せない。老人を愛する人ばかりでいて欲しい。我々は聖人君主ではないが、仕事として人の援助をしている。その時だけは、どうか老人と向き合って欲しい。

ここで、そのホームページを批判したくはないが、一つだけ言っておきたいし、ここで伝えておきたい事がある。その心無いブログを書いている方は、パートで働いているそうだ。同じパートで働いているZUNKOさんとは大違いだ。

こんなこと書きたくなかった。でもそのブログを見つけた時、居ても立ってもいられなくなった。

高齢化社会。。。これからますます老人は増える。介護を必要とする人々も増える。地獄の苦しみを得る人も増える。その人々達が安心して老いる事を委ねてくれる日がくるのだろうか?今日出会ったブログのような施設は五万とあり、改善し向上し続ける施設も五万と在る。当たりとハズレの世界。介護保険と言う社会保障を強制的に取っておきながら、ハズレがあるのか!?

それはいかん。

ハズレはあってはダメなんだ。

我々はプロなのだから

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